鋳鉄部品が減りゆく中で…アイシン高丘BtoC事業への挑戦
鋳鉄製のベース部分に光源を入れ、上の透明樹脂部分がやわらかく発光するライト「KIRUNA」。細身の円柱でシンプルな形状は置く場所を選ばない。「SESEKI」は植木鉢や花瓶としての利用を想定したポット。半球状の底部は鋳鉄の重さを生かし「起き上がりこぼし」の重心のようになっており、ゆらゆら揺れ、傾く。さまざまな表面、色の鋳鉄と樹脂をコラージュしたようなカップ「KARARA」は結露で生まれる水滴を楽しみつつ、珪藻土のカバーが吸い取るようにできている。
アイシン高丘(愛知県豊田市)は5月にこれらのプロトタイプ3型を発表した。自動車部品の鋳鉄加工を得意とするメーカーがインテリア製品の開発に挑戦した背景には、次なる事業の柱を模索する取組みがあった。(取材・昆梓紗)
鋳鉄の可能性を広げる
同社では、自動車のエンジン系、制動・シャシー系、駆動系など向けの鋳鉄部品を主に生産している。生産品目の約8割を鋳鉄が占めており、今後自動車の電動化が進むにつれ、金属加工部品の採用が減っていく中で事業の変革が求められている。
そこで2020年に設定した中長期ビジョンの3つの柱の1つとして、新ビジネスの開拓を据えた。電動車向け、非自動車鋳鉄部品など従来事業の延長線上だけでなく、鋳鉄に限らず自社の強みを生かした次世代ビジネスを創出する取組みをスタート。専属組織である「次世代事業推進チーム」6名に加え、各部署の若手社員約30名が十数個のテーマを立案し、事業化に向けた開発や調査を進めている。これまでに自転車用ブレード型ロックを発売した。
この取組みの中で2つめにローンチしたプロジェクトが「FeVita(フェビータ)」だ。20年下期にスタートし、「鋳物の新たな価値の創造」をテーマに設定。外部のデザイナーなどからアイデアを募集するプラットフォーム「Wemake」を通じて、プロダクトデザインなどを行うTHATの提案を採択。アイシン高丘として開発からオープンイノベーションを実施するのは初めてのことだった。
FeVitaの特徴的なデザインを実現しているのが、「鋳鉄と樹脂を接(つ)ぐ」という技術だ。THATのアイデアをもとに、アイシン高丘が共同で技術開発を行った。「接ぐ」というと陶器を漆などで接着する「金継ぎ」などが思い浮かぶが、FeVitaでは接着剤等は用いず、製造工程で鋳鉄と樹脂のみを接合している。接合部分は滑らかで、手で触っても分からないほどだ。「技術の詳細はお伝えできませんが、他の素材では昔から使われている工法です。ですが、鋳鉄と樹脂というのは珍しいので、新鮮な驚きと『どうやっているんだろう?』と考える面白さを楽しんでほしいと思っています」(アイシン高丘先行開発部次世代事業推進Tの松本岳樹チームリーダー)。
マイナスをプラスに
技術開発からスタートしていく中で、鋳鉄の特徴を見直し、プロダクトへの落とし込みを検討していった。例えば、鋳鉄の重さを活かし、半球状の重心に使って起き上がりこぼしのようなポットに。またコップとして利用した際、冷たい飲み物を入れると結露するが、これを『シズル感』として捉えてそのまま生かし、珪藻土カバーをつけて水滴を吸収するよう工夫した。「マイナス面に思われがちな鋳鉄の特徴を生かしながら、生活に寄り添い、開発している自分たちの心が躍るような製品を目指しました」(同社同部の髙野幸氏)。
BtoC製品製造にあたり、製造面では「図面で語れない部分」の調整に苦慮した。製造上は同じ数値で加工しても、色や質感など仕上がりの見た目にばらつきが出た。品質不良ではないためBtoB製品の場合ではばらつきだと認識しなかったものが「デザイナーからは『同じ加工での仕上がりですか?』と言われました」(松本チームリーダー)という。現在は手で1品1品調整しているが、今後量産化に向けて改善していく予定だ。
6月にはインテリア関係の展示会「インテリアライフスタイル2022」に出展。ブース来場者へのアンケート結果はおおむね好評で、ホテルなどの内装に使いたいといった声もあった。接合加工に関心を寄せる人も多く、同業者からの評価も高かった。一方、展示会に出展したことで見えてきた改善点もあった。例えば、「『コップの部品が多いとオペレーションが大変では』という飲食関係者からの意見があった」(同社技術開発本部の平川竜一本部長)という。展示会での反応を含め製品をブラッシュアップし、来年度の早いうちに販売を開始する予定だ。顧客ターゲットはアッパーミドル層、百貨店やECサイトなどでの販売を想定する。
視点を広げる
BtoC製品を手掛けたことで、BtoB事業への効果も生まれつつある。BtoB事業は基本的に顧客が限定、固定化されていることが多く、ニーズがつかみやすい。しかしBtoC事業では市場調査からスタートし、製品リリース後もユーザーからのフィードバックに向き合うなど、ニーズを広くとらえながら製品開発を行う必要がある。さらに、同社では専任の開発チームだけでなく、BtoBに携わりながらプロジェクトに参加するメンバーも多い。「(BtoBとは)着眼点が違うため、製品開発に関する視点が増え、本業の幅を広げることにもつながっている」(平川本部長)。
次世代事業推進チームでは、現在も並行して複数プロジェクトが進行中だ。30年には次世代プロジェクトによる収益目標も設定されている。将来を見据えた新たな事業の柱を求め、ジャンルにとらわれないチャレンジを重ねている。