【ディープテックを追え】父の死を機に起業。複雑な「薬の元」をAIで設計
人工知能(AI)やロボティクスが創薬開発を変えようとしている。従来は人の勘や経験を頼りに薬の元となる化合物を作ってきた。一般に10年以上かかるとされる新薬開発。それらを無数の実験データからAIが結果を予想。化合物の分子構造を最適化することで、創薬のスピードを高めようとしている。
「製品化に近いことがしたい」
自分の研究でより社会や患者に貢献したい-。慶応義塾大学発スタートアップのMOLCURE(モルキュア、川崎市幸区)の小川隆最高経営責任者(CEO)は起業当時の思いを振り返る。
大学在学中、父親をがんで亡くした小川CEO。当時、自身が研究していたのは科学者向けのアルゴリズムソフトウエアだった。「自分がやっていたサイエンスが全く父親の病気には役立たなかった。より製品化に近いことがしたい」と起業を決めた。
狙いを定めたのは創薬インフォマティクス。AIで新薬候補の構造を構築するものだ。手がける分野はバイオ医薬など高分子化合物に絞った。
複雑な構造をAIで分析
近年の新薬は高分子化合物が主流になってきた。副作用が少なく高い薬効を期待できるため、市場の拡大が続く。ただ、たんぱく質などを組み合わせて設計するため開発や製造に時間とコストが必要だ。また低分子化合物に比べ、分子量が多く構造が複雑になりがちなデメリットもある。
同社では新薬候補となる化合物を実験にかけ、結果をAIが分析。化合物の候補を絞り込むだけでなく、化合物のシュミレーションを繰り返すことで理想的な設計に近づけていく。さらに、山形県鶴岡市には自社のバイオラボを保有。ラボで生まれたデータもAIに反映させることで化合物のシュミレーション性能を高めており、約10億のデータセットを収集し活用している。
AIによる分析能力についても、複数のモデルを活用する「アンサンブル学習」で処理することで精度を高める。薬効や副作用、毒性などをそれぞれ予想するAIモデルを組み合わせ、総合的に化合物候補を絞り込む。
強みはAIだけに限らない。実験を自動化するロボットも自社で開発する。人が行う実験では、試薬の混ぜ方や移し替え方など「癖」が出てしまう。そのため、AIに必要な教師データにばらつきが生じてしまう。実験をロボットで自動化することでデータのばらつきをなくし、正確な絞り込みに役立てている。実験ロボットは複数のモジュールによって構成されており、実験の規模や目的に応じて柔軟に組み替えられる。
事業規模を拡大
学習済みのAIをクライアントである製薬企業ごとにカスタマイズ。プロジェクトの目的に合わせた化合物候補をAIとロボットで作成し、レシピにあたる分子構造を提供する。2021年に製薬企業と共同で行った実験では、従来手法と比較して約100倍の結合力を持つ分子を設計した。現在は国内外の7社10プロジェクトで分析システムを活用している。
今後はシステムを活用する製薬企業を増やし、10~13プロジェクトの増加を目指す。併せて、事業規模も拡大する。ビジネスサイドの人員を中心に22年度には20名ほど増やす。小川CEOは「創薬インフォマティクスのデファクトスタンダードを目指す」と意気込む。
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