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トヨタも挑戦、データ・AI活用の材料開発「MI」はあまねく浸透するか

トヨタも挑戦、データ・AI活用の材料開発「MI」はあまねく浸透するか

日本の製造業が再び競争力を取り戻すために、中堅・中小企業への研究開発DXの広がりが期待される(イメージ)

材料開発にデータ活用や人工知能(AI)技術などの情報科学を用いる、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入する動きが広がっている。デジタル変革(DX)を追い風に、産学で情報技術を駆使したデータ駆動型の研究開発が加速する。ただ、足元では一部の大手企業や学術界での採用にとどまるのが実情。中堅・中小企業や研究者にあまねく浸透させることができるか。産業界ではトヨタ自動車が、学術界では物質・材料研究機構が挑戦を始めた。(取材・小寺貴之)

物材機構のモデル 国内25機関に設備・人材配置

「何もない所から始めて、核を作ることはできた。次はこのモデルを全国に広げる」と、物材機構統合型材料開発・情報基盤部門の出村雅彦部門長は力を込める。物材機構では実験データを自動収集し、蓄積・活用する取り組みが進む。2021年度からは、このデータ活用モデルを全国の大学などに展開。6機関を中核とし合計25機関にデータ活用設備を整備して、データを扱う人材を配置する国の事業が始まる。実験機器を自動化・高速化し、質の高いデータを大量に生み出す計画だ。

学術界では研究のパフォーマンスが研究者の数と資金にほぼ比例してきた。だが米国や中国に比べると日本の研究予算は規模で劣る。人や資金といったリソースにデータの再利用率を掛け合わせて、研究の生産性を高めるのが日本の戦略だ。一度論文を書いたらデータを死蔵させるのではなく、他の研究者を含めて何度もデータを繰り返し使う。出村部門長は「他の研究者のデータを使うことで、より広いデータ空間で材料を探せる」と利点を説明する。

物材機構は日本のマテリアルズ・インフォマティクスを全国に広げる拠点づくりを進めてきた(材料データプラットフォームの大容量・高速解析サーバー)

実用化まで時間のかかる材料研究分野だからこそ、したたかにデータを使い尽くす。研究者同士で連携し次の研究基盤を作る仕組みだ。

実績は積み上がっている。機能性材料では触媒や伝熱材料、構造材料ではアルミニウム合金や高分子など、データ科学やAI技術によりさまざまな材料が開発されている。

「人×資金×再利用率」効率的にデータ洗練

産業界では特許を基にしたデータベース構築が進む。物材機構の橋本和仁理事長は「化学会社87社で協力すればコストを87分の1に抑えられる。同じ負担で87倍の仕事をすることも可能。ここに学術界のデータを連結させる」と呼びかける。

課題はデータの構造化だ。データを再利用するには、どの数字が何を示すのか、どんな実験手法で得られたデータなのか、記録方式をそろえて他の研究者にもわかる形にする必要がある。

出村部門長は「物材機構で試し、データの形を整えるデータアーキテクトの重要性を確信した」と認識する。研究者はそれぞれの実験ノートやパソコンの中でデータを整理し蓄積、解析している。普段、特に意識せずに行っている仕事だ。ただ共同でデータ活用するには、どんな形のフォーマットが最適か検討することが求められる。

出村部門長は「埋もれていた仕事だが、仕事として定義して専門性を蓄え、知見を整理しなければならない」と説明する。そこで材料研究の方法論や情報学、データベース、装置などを扱う学術誌「STAMメソッド」を創刊した。材料データの高速探索や機械学習、データマイニングなどの論文を発行。材料データの整理や構造化を研究として捉え直し知見の蓄積につなげる。

米国の再攻勢 材料分野の団結「日本がリード」

データ活用が進むのは日本だけではない。米国はバイデン政権でMI研究が息を吹き返す可能性がある。世界のMI研究をけん引した「マテリアルズ・ゲノム・イニシアチブ(MGI)」は、オバマ政権の大型プロジェクトとして11年に始まった。共和党のトランプ政権では国策として掲げられず、米国標準研究所(NIST)や米ノースウェスタン大学などの研究機関が、それぞれの予算で活動を支えてきた。バイデン政権では大型の研究開発投資が計画されている。一方で科学技術振興機構の永野智己研究監は「日本の材料分野は政策官と研究者、研究機関が一つの方向を向いている。足元では日本の方が進んでいる」と強調する。

これに対し米国はNISTが「HTE―MC」というプロジェクトを立ち上げた。高速実験装置から生み出されるデータと試料を自動的にひも付けるため、実験方法やデータ処理の手順を整備。参加機関でデータを共有し材料研究を加速する狙い。MGIでは米マサチューセッツ工科大学(MIT)が、大規模データベースを構築した。これによりHTE―MCでは、実際の実験データが整うことになる。物材機構の出村部門長は「実験データをどう集めるかが主戦場になる」と指摘する。

トヨタの新事業 ツール・クラウド提供

学術界ではデータ活用を広げる施策が動きだしたものの、産業界はまだ大企業が社内でデータ人材を育てている段階だ。材料とデータ科学の両方に精通した人材が少なく、解析は一品一様の方法論が求められる。結果として属人的になり、社内で人材を囲い込んでいるのが現実。これでは産業界に浸透しない。中堅・中小企業などの材料開発現場に直接届ける仕組みづくりが必要になる。

課題解決に向けて立ち上がったのがトヨタだ。同社は新事業開発の試みとしてデータ活用支援事業を始めた。自社の材料研究者がMIのツールとクラウドサービスを制作した。実験データを投入するとデータベースが構築され、データを自動で解析可能。これで次に狙う実験領域が明らかになり、研究開発の効率化につながる。

先端材料技術部の庄司哲也チーフプロフェッショナルエンジニアは「開発プロジェクトが終わると、データがハードディスク駆動装置(HDD)の肥やしになっている企業が多かった」と話す。技術者が個々にデータを管理し、他の技術者はどんなデータがあるか知らない。そこでクラウドにデータを蓄積して整理できるようにした。

支援事業で現場に”届ける”

自社でデータの運用が難しい場合には、データ駆動の開発を支援するサービスも用意。約3カ月間、トヨタの技術者が自動解析アルゴリズムを構築したり、材料開発自体も支援したりする。この過程で人材育成も期待できる。

データ科学に明るくなくても、材料技術者なら使えるツールやサービスが民間企業から登場し、国立研究開発法人(国研)では環境整備とデータアーキテクトの方法論構築が進む。道具や環境は整いつつあり、研究開発DXが中堅・中小企業に浸透するか注目される。

日刊工業新聞2021年4月21日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
さきがけの研究者や大企業がデータ科学やAIを使う段階から、材料分野ならあまねく使われる状態にもっていく。これは一筋縄ではいきません。まずデータ科学やAIの研究者と材料研究者で融合領域をつくり、そこから生まれた手法をツールにして誰でも使えるようにする。さらにデータをシェアしやすいようにフォーマットを整える。データと材料の融合人材なんて稀少資源なので、ツールと環境を整える。データやAIの活用領域でも、あまねく広げる挑戦が進んでいます。「人×資金」では大国に敵わないので「人×資金×データ利用回数」で勝負します。

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