【ディープテックを追え】再生医療を手軽に。細胞の工業生産を目指す
近年、人の細胞を使った再生医療分野の研究開発が加速している。これまでの投薬や施手術では治療できなかった病気にアプローチできる一方、高額な治療費が必要な点がネックになっている。
実際、細胞を利用した白血病薬「キムリア」など、薬価が1000万円を超えるものもある。薬価が高額になる原因は、再生医療の対象患者が少なく、量産化によるコストダウンが難しいことにある。そこで、東京大学発ベンチャーのセルファイバ(東京都文京区)が再生医療治療薬の原料になる細胞を工業的に製造することで、コストダウンを実現しようと取り組んでいる。
ボトルネックを解消する
細胞を培養する技術にはシャーレなどの容器に接着させる方法と、フラスコなどに浮遊させ、かき混ぜて増やす方法がある。ただ、いずれも培養する細胞の量と質が安定しない点がコストダウンを阻んできた。シャーレは平面上での培養のため規模を大きくすることが難しく、フラスコは、力のかかり方が一定にならず、細胞の性質や大きさが一定にならない。また、撹拌(かくはん)によって細胞が切断されたり、細胞同士がひっつくことで中心部に栄養が行き渡らず死んでしまったりするリスクもある。結果的に製造される細胞の数が少なく、大規模に培養することへのボトルネックになってきた。
セルファイバは大規模で高品質の培養を実現するため、ひも状のゲルチューブの中で細胞を培養する「細胞ファイバ」という技術を採用した。細胞ファイバは、本来混じり合わないものを小さい流路の中で合流させ均一にする「3次元マイクロ流路」を使い、細胞が自発集合する現象を利用して細胞集合体を作る仕組みだ。同社では、細胞の足場となる細胞外基質(細胞外マトリックス)を含んだ懸濁(けんだく)液とアルギン酸ナトリウム、塩化カルシウムを流し、そこへアルギン酸をゲル化させる凝固剤を合流させながら、細胞封入とゲル化を同時に行う。
チューブ内で、培養することでかくはんのダメージから細胞を守ったり、栄養を均一に行きわたらせることができる。これにより一定の大きさや品質を担保できる。また、ノズルから押し出す物質の量や種類を自由に変更することができ、酵母など細胞以外も培養できる。製造効率から見ても、ラボレベルでの培養と異なり、遠心分離機を使い、使える細胞を取り分ける必要がなく、人員や工数の削減にもつながる。同社によれば、これまでの20倍の製造規模で細胞を培養できるという。
再生医療分野を広くカバー
今後はこの技術を使って骨や軟骨、心筋細胞に分化できる間葉系幹細胞を製造し、再生医療を手掛ける製薬会社に製造方法をライセンス提供する計画だ。2022年からは培養した細胞の安全性を審査する取り組みも始める。柳沢佑社長は「チューブで作った細胞を利用する製薬会社が安心して使えるよう、安全性の実証をしていく」と話す。
また、長期的には細胞ファイバで製造した細胞から、3次元の小さな臓器である「オルガノイド」を作成することも視野に入れる。これによって、動物実験の前段階で治験前の新薬の臓器に対する毒性を調べることができ、治験までのスピードアップに繋げられると予想する。経済産業省によると、30年には再生医療の市場規模は7兆5000億円にも上ると予測する。同社は短期的には細胞治療の低コスト化に貢献しつつ、将来は再生医療の治験の分野まで広くカバーする構想を描く。
ただ、柳沢社長は「創薬と違って、素材は(製品としての)ゴールを投資家にアピールしづらく、難しい」と口にする。それでも、「この技術が確立すれば、より多くの人に再生医療を届けられると確信している」と意義を口にする。
今後、細胞由来の再生医療を普及するには、多くの人が治療を受けられるコストで提供する必要がある。そのためには患者個人の細胞である自家細胞からではなく、他家細胞を用いた再生医療の製造プロセスの確立が必須だ。同社の創意工夫は続く。
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