元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実
連載・地方創生へスイッチを入れる人たち(5)/栃木サッカークラブ・江藤美帆マーケティング戦略部長
サッカーJ2リーグの栃木SCを運営する栃木サッカークラブ(宇都宮市、橋本大輔社長)。そこでマーケティング戦略部長を務める江藤美帆氏は、元IT企業の社長という業界では異色の経歴を持つ。就任から約1年がたち、集客に奔走する中、現場で感じた地方クラブが地域を活性化させる可能性などを聞いた。(葭本隆太)
―地方のサッカークラブだからこできる地域活性化策についてどのように考えていますか。
アウェーのサポーターを地元の観光地や飲食店などに誘客する「スポーツツーリズム」は地域に貢献できるのではないか。対戦チームが来て(広く消費活動することで)地元の人たちがメリットを感じてくれれば、クラブを応援するきっかけにもなる。地元の観光協会と連携し、選手のお薦めスポットを紹介する冊子を作るなどしたい。ただ、地域を盛り上げるにはクラブが地域に根ざして活動し、街に「ホームタウン感」を醸成することが重要だが、栃木SCは残念ながらまだ存在感を発揮できていない。Jリーグではオンラインでチケット購入などを行う顧客向けにIDを付与している。宇都宮市でJリーグIDを持つ人のうち、栃木SCをお気に入りのクラブに指定している人は50%に満たないのが現状だ。
―どのように「ホームタウン感」を醸成しますか。
チーム名称を見直したいと考えている。基礎自治体である「宇都宮」を入れることを検討している。宇都宮市との関係を強化するほか、市民に自分たちの街のクラブだと認識してもらいたい。また、営業などは対象エリアを足元の半径10キロメートル程度に絞って重点的に進める。「ホームタウン感」の濃いエリアを作り、サッカー観戦に行くのが楽しい街にしたい。そうすればアウェーのサポーターにとっても楽しい街になり、地方創生につながるのではないか。ただし(地域を盛り上げるには)何といってもクラブが勝つことが一番だ。サッカークラブによって盛り上がった地方は、クラブがJ1昇格などの結果を出している。
―スポーツ業界では電子チケットの導入など、スタジアムでの情報技術の活用が増えています。
我々も2次元コード「QRコード」を活用したチケットを導入し、来場者の情報を取りやすくした。来場者データを活用して属性ごとに内容の異なるメールマガジンも送っている。ただ、栃木県はデジタル化が遅れている方だ。例えば、バスは交通系ICカードを使えないことが多く、電子マネーの慣れは首都圏の住民と差がある。そこを我々が(スタジアムを拠点に)思い切って変えることで、街全体で当たり前に使われる環境を作りたい。
―スポーツチームがベンチャー企業と連携して新ビジネスを生み出す動きが活発化しています。
非常に面白いとは思うが、余力がないと厳しい。我々のように人も資金も限られた地方クラブは、新しい挑戦にはなかなかたどり着けない。今はまず、より多くの資金を集めるしかない。
―現状はどのように資金集めをしているのですか。
他のJクラブも同様だが、東京にスポンサー営業に出ている。地方はJクラブに対し、数億円もの資金を出せる企業はほとんどないため、営業先が限られているのが現状だ。一方、東京では特にIT企業がスポーツチームに対する出資に高い関心を示している。IT企業はお金は持っているが、若くて信用力が低いケースが多い。彼らにはスポーツチームに出資することで信用力が得られる期待がある。
―会員制交流サイト(SNS)の個人アカウントで積極的に情報を発信しています。スポーツチームがSNSを活用する利点はどこにありますか。
大事なコミュニケーションツールになる。サポーターの意見を吸い上げ、運営の改善に生かしている。SNSで身元を明かして情報発信すると、その情報が反発を招くことを懸念する声が上がるが、まず認知度を高めないといけない。地方クラブは競技以外の切り口で注目されることが重要だ。失うものはないので、積極的に活用した方がいいと思う。
―そもそもなぜIT企業の社長から地方サッカークラブの運営する職員に転職したのですか。
前職を退任した後、次に何をやるか決まっていない中で、あるJFLクラブが社員を募っていた。その要件に「ベンチャー企業を経営していた人」などが盛り込まれており、経営人材がサッカー業界に求められていると知った。そこで関心を持ち、調べていくと栃木サッカークラブが募集していてので応募して採用された。元々Jリーグクラブのサポーターでサッカーが好きだったことも影響した。サッカークラブの運営になら自分の人生をかけられると思った。また、(今まで培ってきた)デジタルマーケティングの知見を生かして、スタジアムの来場者やその属性、購買行動をデータで示すことで、合理的に広告収入を上げられると考えていた。
―今後の目標は。
成績によって変動しないスタジアム来場者数を2000人ほど底上げしたい。特に(主に熱心に応援するファンが集まる)ゴール裏の来場者を増やしたい。現状について分析すると、毎年3―4月が集客に苦戦している。寒かったり、(年度の切り替わりで)仕事が忙しかったりという理由が考えられるが、他のクラブはそこまで季節要因は大きくないと聞く。それはゴール裏の観客数が安定しているからだと思う。ゴール裏はコアなサポーター団体が雰囲気を作っているので、彼らと話し合って、観客数を増やす方法を一緒に議論していきたい。
人口減少や少子高齢化が進む地方を活性化するには、観光施策の推進のほか、交通や医療のインフラ整備、雇用の確保など、困難な課題に対峙(たいじ)しなければならない。各地域で課題解決に奮闘するキーマンらに話を聞き、地方創生のヒントを模索した。
【01】西日本豪雨被災地のみかん農家 原田亮司さんが取り組む「みんなが潤う地域貢献」(2019年5月2日配信)
【02】赤字路線を救ったバス会社社長が語る、路線バスの本当の役割(2019年5月3日配信)
【03】熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと(2019年5月4日配信)
【04】元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実(2019年5月5日配信)
【05】地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」(2019年5月6日配信)
【06】地方の医療格差は解消へ、その二つの理由(2019年5月7日配信)
スポーツツーリズムに期待
―地方のサッカークラブだからこできる地域活性化策についてどのように考えていますか。
アウェーのサポーターを地元の観光地や飲食店などに誘客する「スポーツツーリズム」は地域に貢献できるのではないか。対戦チームが来て(広く消費活動することで)地元の人たちがメリットを感じてくれれば、クラブを応援するきっかけにもなる。地元の観光協会と連携し、選手のお薦めスポットを紹介する冊子を作るなどしたい。ただ、地域を盛り上げるにはクラブが地域に根ざして活動し、街に「ホームタウン感」を醸成することが重要だが、栃木SCは残念ながらまだ存在感を発揮できていない。Jリーグではオンラインでチケット購入などを行う顧客向けにIDを付与している。宇都宮市でJリーグIDを持つ人のうち、栃木SCをお気に入りのクラブに指定している人は50%に満たないのが現状だ。
―どのように「ホームタウン感」を醸成しますか。
チーム名称を見直したいと考えている。基礎自治体である「宇都宮」を入れることを検討している。宇都宮市との関係を強化するほか、市民に自分たちの街のクラブだと認識してもらいたい。また、営業などは対象エリアを足元の半径10キロメートル程度に絞って重点的に進める。「ホームタウン感」の濃いエリアを作り、サッカー観戦に行くのが楽しい街にしたい。そうすればアウェーのサポーターにとっても楽しい街になり、地方創生につながるのではないか。ただし(地域を盛り上げるには)何といってもクラブが勝つことが一番だ。サッカークラブによって盛り上がった地方は、クラブがJ1昇格などの結果を出している。
―スポーツ業界では電子チケットの導入など、スタジアムでの情報技術の活用が増えています。
我々も2次元コード「QRコード」を活用したチケットを導入し、来場者の情報を取りやすくした。来場者データを活用して属性ごとに内容の異なるメールマガジンも送っている。ただ、栃木県はデジタル化が遅れている方だ。例えば、バスは交通系ICカードを使えないことが多く、電子マネーの慣れは首都圏の住民と差がある。そこを我々が(スタジアムを拠点に)思い切って変えることで、街全体で当たり前に使われる環境を作りたい。
人もお金もない
―スポーツチームがベンチャー企業と連携して新ビジネスを生み出す動きが活発化しています。
非常に面白いとは思うが、余力がないと厳しい。我々のように人も資金も限られた地方クラブは、新しい挑戦にはなかなかたどり着けない。今はまず、より多くの資金を集めるしかない。
―現状はどのように資金集めをしているのですか。
他のJクラブも同様だが、東京にスポンサー営業に出ている。地方はJクラブに対し、数億円もの資金を出せる企業はほとんどないため、営業先が限られているのが現状だ。一方、東京では特にIT企業がスポーツチームに対する出資に高い関心を示している。IT企業はお金は持っているが、若くて信用力が低いケースが多い。彼らにはスポーツチームに出資することで信用力が得られる期待がある。
―会員制交流サイト(SNS)の個人アカウントで積極的に情報を発信しています。スポーツチームがSNSを活用する利点はどこにありますか。
大事なコミュニケーションツールになる。サポーターの意見を吸い上げ、運営の改善に生かしている。SNSで身元を明かして情報発信すると、その情報が反発を招くことを懸念する声が上がるが、まず認知度を高めないといけない。地方クラブは競技以外の切り口で注目されることが重要だ。失うものはないので、積極的に活用した方がいいと思う。
―そもそもなぜIT企業の社長から地方サッカークラブの運営する職員に転職したのですか。
前職を退任した後、次に何をやるか決まっていない中で、あるJFLクラブが社員を募っていた。その要件に「ベンチャー企業を経営していた人」などが盛り込まれており、経営人材がサッカー業界に求められていると知った。そこで関心を持ち、調べていくと栃木サッカークラブが募集していてので応募して採用された。元々Jリーグクラブのサポーターでサッカーが好きだったことも影響した。サッカークラブの運営になら自分の人生をかけられると思った。また、(今まで培ってきた)デジタルマーケティングの知見を生かして、スタジアムの来場者やその属性、購買行動をデータで示すことで、合理的に広告収入を上げられると考えていた。
―今後の目標は。
成績によって変動しないスタジアム来場者数を2000人ほど底上げしたい。特に(主に熱心に応援するファンが集まる)ゴール裏の来場者を増やしたい。現状について分析すると、毎年3―4月が集客に苦戦している。寒かったり、(年度の切り替わりで)仕事が忙しかったりという理由が考えられるが、他のクラブはそこまで季節要因は大きくないと聞く。それはゴール裏の観客数が安定しているからだと思う。ゴール裏はコアなサポーター団体が雰囲気を作っているので、彼らと話し合って、観客数を増やす方法を一緒に議論していきたい。
【略歴】えとう・みほ 米国にて大学卒業後、Microsoft、GoogleなどのIT企業勤務、起業などを経て、広告代理店在籍中にWebメディア「kakeru」を立ち上げ初代編集長に就任。その後同社にてスマホで写真が売れるアプリ「Snapmart」を企画開発。上場会社への事業譲渡後、スナップマート株式会社代表取締役に就任。2018年5月より現職。
連載・地方創生へスイッチを入れる人たち
人口減少や少子高齢化が進む地方を活性化するには、観光施策の推進のほか、交通や医療のインフラ整備、雇用の確保など、困難な課題に対峙(たいじ)しなければならない。各地域で課題解決に奮闘するキーマンらに話を聞き、地方創生のヒントを模索した。
【01】西日本豪雨被災地のみかん農家 原田亮司さんが取り組む「みんなが潤う地域貢献」(2019年5月2日配信)
【02】赤字路線を救ったバス会社社長が語る、路線バスの本当の役割(2019年5月3日配信)
【03】熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと(2019年5月4日配信)
【04】元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実(2019年5月5日配信)
【05】地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」(2019年5月6日配信)
【06】地方の医療格差は解消へ、その二つの理由(2019年5月7日配信)
日刊工業新聞2019年5月3日記事に加筆