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「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する

興亡・不動産―テックの衝動(8)
 「『Society(ソサエティ)5.0』の実現は国家的な課題」―。国土交通省の田村計土地・建設産業局長の言葉には熱がこもる。人工知能(AI)やビッグデータを活用してつくる快適な社会「ソサエティ5.0」。この実現に向けては不動産業の変革も欠かせない。その中で、国交省は不動産業のICT導入を後押しする姿勢を鮮明にしている。田村計土地・建設産業局長に推進策を聞いた。

新規サービスの創出に期待


 ―ICTを活用した「不動産テック」サービスが不動産業界で台頭してきました。
 「不動産テックを含めた新技術の活用は不動産業者の業務の効率化や消費者サービスの拡大と相まって、新たなジネスの創出につながると期待している。『ソサエティ5・0』の実現は国家的な課題だ。その状況下で既存の不動産業者を含め、積極的に情報化を進めていく必要があると考えている」

 ―国交省では今年度に不動産テックサービスを後押しする助成を展開しますね。
 「空き家の流通促進などに向けて、ITなどの新技術を活用した先進の取り組みを対象に1件200万円を上限に支援する。具体的にはVR(仮想現実)を活用した物件内覧や(スマートフォンで施錠や解錠ができる)スマートロックを活用した物件の現地案内などの取り組みを支援する予定だ」

国土交通省の田村計土地・建設産業局長

 ―不動産業界における情報化の推進策として、防災情報や法令制限、過去の土地利用などに関する地域の情報を一元化したデータベース(DB)「不動産総合DB」の構築も進めていますね。
 「現状は多様な機関に分散している情報を一元化することにより、不動産業者の業務の効率化や消費者サービスの向上につなげていきたい。DBは本年度中の運用開始を目指している。その先駆けとして4月から本格運用を始めた『全国版空き家・空き地バンク』には、空き家などの物件情報に加えて、ハザード情報や生活支援情報を一元的に表示できるように措置した」

IT重説の利用拡大へ支援


 ―賃貸取引の重要事項説明(※1)について、17年10月からテレビ会議システムなどオンラインを使ったIT重説の本格運用を始めました。
 「18年3月までの半年間でIT重説は8282件実施された。単月の実施件数の推移を見ても増加傾向にある。遠隔地での取り引きの場合、消費者側は不動産業者への来店回数が減り、時間と交通費の節約につながったといったメリットが報告されている。現時点では消費者とのトラブルなども報告されていない」

※1:重要事項説明
宅建業法に基づく有資格者「宅建取引士」が、売買などの契約前に契約内容や物件の情報などについて文書(重要事項説明書)にまとめ、買い主などに説明する行為。従前は店頭などにおける対面実施が原則だった。不動産会社の業務効率化や消費者の利便性向上に向けて、オンラインを使ったIT重説の制度を検討し、15―17年にかけて賃貸取り引きや法人間の売買取引で社会実験を行った。賃貸取り引きについては17年10月に本格運用に移行した。
 ―今後はどのようにIT重説を実施する事業者を増やしますか。
 「全国11カ所にはIT重説の相談窓口を設置しているほか、実施マニュアルも整備している。また、これまでに導入された事例を広く収集・分析し、その効果を関係者に共有する。これらを通じて多くの事業者がIT重説を実施できるように支援していく」

 ―IT重説は売買取引での運用を希望する事業者もいます。
 「まずは法人間の売買取引を対象として15-17年に社会実験を行ったが、実施件数は2件にとどまった。本格運用への移行可否を判断するには不十分だったため、社会実験を7月末まで継続しているところだ。個人の売買取引については、賃貸取引における運用状況や法人間売買取引の社会実験の結果を踏まえ、実験や本格運用を検討する」

 ―空き家が社会問題化しています。その中で空き家の再生事業資金をクラウドファンディング(CF)で調達する事例が出てきています。国交省はCFをどのように後押ししますか。
 「17年12月に不動産特定共同事業法(※2)を改正した。この改正によりCFを活用した空き家再生事業が一層促されると考えている。また、4月からCF事業者が整備すべき業務管理体制や情報開示基準の明確化などを検討会で議論しており、最終的にはガイドラインを制定する。CFを活用した事業の案件形成の支援なども行う予定だ」

※2:不動産特定共同事業法
出資を募って不動産の売買や賃貸を行い、その収益を分配する事業(不動産特定共同事業)を規定する法律。17年12月に改正施行し、出資総額などが一定規模以下の「小規模不動産特定共同事業」を創設した。また、クラウドファンディングに対応した環境整備として投資家に交付する契約締結前の書面などについて、インターネット上での手続きに関する規定を整えた。
空き家再生事業におけるクラウドファンディングを後押しする

興亡・不動産 -テックの衝動


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【07】不動産仲介大手が火花散らす、“ICT競争時代”に入った
【08】「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する
(この連載は、文・葭本隆太、デザイン・堀野綾が担当しました)
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
国土交通省による不動産テックサービスに対する補助金や、連載第4回で言及した不動産テック協会(仮)の発足によって、不動産業界のICT化に向けて大きな波が起こせるかは注目です。本日でひとまず連載は終了しますが、「不動産テック」はまだまだ黎明期。今後、テック企業の存在感は順調に高まっていくのか、それによって既存の業界はどう変わるのか。引き続き、注視していきたいと思います。いつの日が記事化するかもしれない「興亡・不動産―テックの衝動(シーズン2)」にも是非ご期待下さい。

特集・連載情報

興亡 不動産―テックの衝動
興亡 不動産―テックの衝動
「不動産業は情報通信技術(ICT)導入の最後の巨大市場」-。IT企業から皮肉と期待を込めたこんな言葉が聞こえてくる。不動産業界は長らくICT導入の遅れが叫ばれたが、変革の兆しが見えている。不動産業界はICTによってどのような革新を遂げるのか、興亡の実像に迫る。

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