世界を驚愕させた「キティちゃんは、猫じゃない!」の奥深さ
<情報工場 「読学」のススメ#34>なぜ世界中がキティちゃんを愛するのか?
「ハローキティ」「キティちゃん」。その名を聞いて、姿かたちを思い浮かべられない日本人は、世代、性別を問わず、極めて少数派なのではないだろうか。またキティは、世界のアイドルでもある。たぶん日本発のキャラクターとしてはもっとも広く世界で愛されているのではないか。
ハローキティは、日本企業のサンリオが1974年に生み出したキャラクターだ。サンリオはさまざまなメディアを使ったキャラクタービジネスのほか、ギフトグッズやグリーティングカードの開発・販売などを行っている。ハローキティをはじめとするキャラクターたちのグローバル展開を積極的に推進しており、2014年の時点では米国、欧州、アジアの約130カ国で海外事業を進めている。
そんなキティだが、今から3年ほど前の2014年8月に、衝撃の事実が世に知られることとなった。「ハローキティは猫ではない」。「ロサンゼルス・タイムズ」紙にサンリオの公式見解として報じられたこの事実は、世界のキティファンを驚嘆させた。米国のロックバンド、リンキン・パークのマイク・シノダは「冥王星が惑星じゃないというニュースより悪い」とツイートしたそうだ。
どういうことか。生みの親であるサンリオの言い分は、「キティは漫画のキャラクターで、小さな女の子で友達だけど、猫ではない」というもの。キティは二本足で歩いたり、座ったりする。そして、なんとペットとして猫を飼っているのだ! それは、まさに猫らしい振る舞いをする猫で、名を「チャーミー」というらしい。
サンリオから指摘されたその事実をロサンゼルス・タイムズの記者に伝えたのは、ハワイ大学人類学部のクリスティン・ヤノ教授。同教授はロサンゼルスで開催された「ハローキティ40周年記念展示会」の監修を担当していた。記者がヤノ教授に展示会について取材したところ、「展示会の説明についてサンリオから一点訂正が入った」として、くだんのサンリオ公式見解を明らかにしたのだ。
ヤノ教授は日系の人類学者で、12年間ハローキティの調査研究をしてきた。その成果を2013年にまとめたのが『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか?』(作品社)の原書“Pink Globalization”。日本語版にして500ページを超える大著である本書では、キティを通して日本発の「かわいい(ピンク)」が世界中に広がる現象を「ピンクのグローバリゼーション」と呼ぶ。そして、その要因を、サンリオ関係者や世界中のキティ愛好者たちへのインタビューを交えながら、哲学、社会心理学、人類学などの知見をもとに分析している。
キティは、実にさまざまな人たちに愛されている。ヤノ教授の分析によれば、キティは単なる商品を超えた存在であり、多くの女性たちの「日々の労苦をともにしてくれる終生の友」となる。
時に女性らしさが強調されるため、フェミニストたちから忌み嫌われることもある。だが逆に、LGBT運動やパンクの“反逆”のシンボルとして祭り上げられたりもする。あのレディ・ガガも衣装とメイクでキティに扮していた。
また、ネット上で「仕事を選ばないキティさん」とネタにされるように、キティは変幻自在だ。「キティ 仕事を選ばない」で画像検索すれば、その勇姿を拝むことができるだろう。横浜・中華街で蒸し餃子、ハワイでパイナップルなど、“食べ物縛り”でもその変身ぶりを堪能できる。
ヤノ教授は、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの言葉を引用し、キティを「鏡以上に鏡の役割を果たす」「のぞき込む者のどんな願望イメージをもそのまま反射する」存在としている。
キティのデザインは、きわめてシンプルだ。つるんとしたまんまるの白い頭部に「点」で描かれた両目と鼻。口はない。左右の頰に3本ずつ髭を描き、片耳にリボンをつければ完成だ。基本の彩色は赤かピンク。
ほとんど表情というものがないキティから感情を読みとるのは難しい。「英国の中流家庭」といった設定はあるが、あまり前面に出てこない。というか、熱心なキティラー(キティグッズを収集しまくるファン)でもない限り、そんな設定は知らないのではないか。ハローキティが私たちに伝えるのは、唯一「カワイイ」ことだけなのだ。
シンプルで主張しないがゆえに、いろいろな個性や価値観、思想のシンボルになれる。そして、どんな強烈な主張も、「カワイイ」に包み込む。この「カワイイ」という要素がクッション的な役割を果たすことも多いのではないだろうか。キティは「カワイイ」という世界共通語をまとったコミュニケーションツールでもあるのだろう。
そんなキティの存在から、ふと「円空仏」を思い出した。江戸時代前期の修験僧・円空が全国を旅しながら作り、当地に残していった木彫りの仏像だ。素朴でシンプルな造形を特徴とし、各地に残された像は合計すると実に12万体にのぼるという。
時々「これでいいのか」と思えるくらい荒削りで簡素な木仏なのだが、微笑みを湛えていることが多く、見ていると、ホッと安らぎを覚える。当時の民衆は、それぞれのさまざまな想い、祈りを円空仏に託したのだろう。キティと同じように円空仏もその微笑みで民衆の心を包み込んでいたに違いない。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか?』
-“カワイイ”を世界共通語にしたキャラクター
クリスティン・ヤノ 著
久美 薫 訳
作品社
522p 3,600円(税別)>
ハローキティは、日本企業のサンリオが1974年に生み出したキャラクターだ。サンリオはさまざまなメディアを使ったキャラクタービジネスのほか、ギフトグッズやグリーティングカードの開発・販売などを行っている。ハローキティをはじめとするキャラクターたちのグローバル展開を積極的に推進しており、2014年の時点では米国、欧州、アジアの約130カ国で海外事業を進めている。
ロックスターを驚愕させた「猫ではない」宣言
そんなキティだが、今から3年ほど前の2014年8月に、衝撃の事実が世に知られることとなった。「ハローキティは猫ではない」。「ロサンゼルス・タイムズ」紙にサンリオの公式見解として報じられたこの事実は、世界のキティファンを驚嘆させた。米国のロックバンド、リンキン・パークのマイク・シノダは「冥王星が惑星じゃないというニュースより悪い」とツイートしたそうだ。
どういうことか。生みの親であるサンリオの言い分は、「キティは漫画のキャラクターで、小さな女の子で友達だけど、猫ではない」というもの。キティは二本足で歩いたり、座ったりする。そして、なんとペットとして猫を飼っているのだ! それは、まさに猫らしい振る舞いをする猫で、名を「チャーミー」というらしい。
サンリオから指摘されたその事実をロサンゼルス・タイムズの記者に伝えたのは、ハワイ大学人類学部のクリスティン・ヤノ教授。同教授はロサンゼルスで開催された「ハローキティ40周年記念展示会」の監修を担当していた。記者がヤノ教授に展示会について取材したところ、「展示会の説明についてサンリオから一点訂正が入った」として、くだんのサンリオ公式見解を明らかにしたのだ。
ヤノ教授は日系の人類学者で、12年間ハローキティの調査研究をしてきた。その成果を2013年にまとめたのが『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか?』(作品社)の原書“Pink Globalization”。日本語版にして500ページを超える大著である本書では、キティを通して日本発の「かわいい(ピンク)」が世界中に広がる現象を「ピンクのグローバリゼーション」と呼ぶ。そして、その要因を、サンリオ関係者や世界中のキティ愛好者たちへのインタビューを交えながら、哲学、社会心理学、人類学などの知見をもとに分析している。
多様な価値観を引きつけるシンプルなデザイン
キティは、実にさまざまな人たちに愛されている。ヤノ教授の分析によれば、キティは単なる商品を超えた存在であり、多くの女性たちの「日々の労苦をともにしてくれる終生の友」となる。
時に女性らしさが強調されるため、フェミニストたちから忌み嫌われることもある。だが逆に、LGBT運動やパンクの“反逆”のシンボルとして祭り上げられたりもする。あのレディ・ガガも衣装とメイクでキティに扮していた。
また、ネット上で「仕事を選ばないキティさん」とネタにされるように、キティは変幻自在だ。「キティ 仕事を選ばない」で画像検索すれば、その勇姿を拝むことができるだろう。横浜・中華街で蒸し餃子、ハワイでパイナップルなど、“食べ物縛り”でもその変身ぶりを堪能できる。
ヤノ教授は、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの言葉を引用し、キティを「鏡以上に鏡の役割を果たす」「のぞき込む者のどんな願望イメージをもそのまま反射する」存在としている。
キティのデザインは、きわめてシンプルだ。つるんとしたまんまるの白い頭部に「点」で描かれた両目と鼻。口はない。左右の頰に3本ずつ髭を描き、片耳にリボンをつければ完成だ。基本の彩色は赤かピンク。
ほとんど表情というものがないキティから感情を読みとるのは難しい。「英国の中流家庭」といった設定はあるが、あまり前面に出てこない。というか、熱心なキティラー(キティグッズを収集しまくるファン)でもない限り、そんな設定は知らないのではないか。ハローキティが私たちに伝えるのは、唯一「カワイイ」ことだけなのだ。
シンプルで主張しないがゆえに、いろいろな個性や価値観、思想のシンボルになれる。そして、どんな強烈な主張も、「カワイイ」に包み込む。この「カワイイ」という要素がクッション的な役割を果たすことも多いのではないだろうか。キティは「カワイイ」という世界共通語をまとったコミュニケーションツールでもあるのだろう。
そんなキティの存在から、ふと「円空仏」を思い出した。江戸時代前期の修験僧・円空が全国を旅しながら作り、当地に残していった木彫りの仏像だ。素朴でシンプルな造形を特徴とし、各地に残された像は合計すると実に12万体にのぼるという。
時々「これでいいのか」と思えるくらい荒削りで簡素な木仏なのだが、微笑みを湛えていることが多く、見ていると、ホッと安らぎを覚える。当時の民衆は、それぞれのさまざまな想い、祈りを円空仏に託したのだろう。キティと同じように円空仏もその微笑みで民衆の心を包み込んでいたに違いない。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
-“カワイイ”を世界共通語にしたキャラクター
クリスティン・ヤノ 著
久美 薫 訳
作品社
522p 3,600円(税別)>