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いくつもの交差点、陸前高田「ゆめキャンパス」が始動

復興×教育、被災地×東京、国立大×私大…
いくつもの交差点、陸前高田「ゆめキャンパス」が始動

陸前高田グローバルキャンパス

 岩手大学と立教大学が開設した「陸前高田グローバルキャンパス」(愛称=たかたのゆめキャンパス、岩手県陸前高田市)が活動をスタートした。低価格で利用できる研究室を設けるなど、国内外の研究者や企業の交流拠点を目指す。2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた同市の復興を後押しする役割にも期待が集まる。国立大学と私立大学の連携事例としても注目され、地元からは歓迎の声があがる一方、アクセスやPRなど課題もある。

 「世界中の人が集まる場が陸前高田にあればいいと思っていた。夢のようだ」―。東日本大震災で全壊した工場を再建した老舗しょうゆ店の八木澤商店(岩手県陸前高田市)の河野和義会長は“たかたのゆめキャンパス”について感慨深げに語る。

 立教大は03年に同市で「林業体験プログラム」を開始。延べ1000人以上の学生が同市を訪問した。そこに岩手県全域で復興を支援してきた岩手大が加わり、16年1月に「地域創生・人材育成等の推進に関する相互協力及び連携協定」を3者で結んだ。

 同キャンパスでは、震災による被害や復興の状況を学べる国内外の大学生や大学院生向けのプログラムをはじめ、市民向けの教養講座や、全国の自治体職員向けに災害対応の講義や訓練を行う「陸前高田防災大学」の開講などさまざまな計画がある。

 企業の新入社員や中間管理職向けの研修などを手がけるマルゴト陸前高田(同)の大久保光男代表理事は「ボランティアとして来てくれた企業や大学は横のつながりがなく、ばらばらだった。その触媒になるような場になってほしい」と期待を込める。
                

 4月25日の開所式には地域住民ら約130人が集まったが、認知度は決して高いとはいえない。陸前高田市のタクシー運転手の男性は「(同キャンパスについて)地元でもまだ浸透していない」としており、今後の広報活動が課題だ。

 交通アクセスの改善も検討課題。JR一ノ関駅(岩手県一関市)から同キャンパスへは車で1時間半程度が必要で、盛岡市にキャンパスがある岩手大からも100キロメートル以上離れている。

 利便性向上には新幹線が停車するJR一ノ関駅や、最寄り駅のJR気仙沼駅(宮城県気仙沼市)と同キャンパスを往復するバスなどが必要になりそうだ。

 地元の“ゆめ”である拠点開設をきっかけに、国内外から学生・研究者や企業が旅費をかけても同キャンパスまで足を運ぶ仕掛けの充実が求められる。

 今回のグローバルキャンパスに限らず、全国の大学が被災地の復興を支援している。東京大学は11年、岩手県遠野市に同大教職員や学生が岩手県の沿岸部の被災地域で研究やボランティアなどを行う際の拠点「遠野分室」「遠野東大センター」を開設。東海大学はコミュニティースペースの不足を受け、岩手県大船渡市や宮城県石巻市に集会所を建築した。そのほかにも全国の大学が被災地への支援を現在も続けている。

岩手大学・岩渕明学長インタビュー


左から戸羽氏、岩渕氏、吉岡氏            

 ―この時期にキャンパスを開設した理由を教えてください。
 「陸前高田市役所が現在も仮庁舎のままという状況からも分かるように、これまで大学が活動できる場所や時間がなかった。だが東日本大震災から6年がたち、ようやく落ち着いてきたと思う。震災時の行動が適切だったかどうかなど、今だから考えられることもある。復興に関する教育プログラムや、陸前高田市の課題解決に向けた研究をしていきたい」

 ―私立大との連携は珍しい事例です。
 「国立大と私立大、地方と東京といった異なる文化を持つ大学の連携は、日本の大学連携の一つのモデルになるのではないか」

 ―今後の課題は。
 「赤字は覚悟しているが、大学としてどこまで負担金をまかなえるかが課題だ。企業や自治体向けのプログラムや実習内容を充実し、受講料を運営費に充てる方法も考えている。足りない分は協賛金や内閣府などのサポートを頂ければありがたい」

立教大学・吉岡知哉総長インタビュー


 ―キャンパスをどのように活用しますか。
 「地域に根差した学習ができる場にする。被災した方々の体験を聞くことは大きな経験になるし、学生が街づくりに具体的なアイデアを出せることもあると思う。また地域住民向けに、教職員による講演会やセミナーもできる。日本中のいろいろな地域の人がこのキャンパスで交流を深めてほしい。留学生など、海外との交流の場にもしていきたい」

 ―どのようにキャンパスに人を呼び込みますか。
 「まずは地元の人と一緒に何か実績を上げるのが一番大事だ。そういった取り組みが、いろいろな人が関わるきっかけになるのではないか」

 ―立教大の学生が足を運びやすくするための施策は。
 「これまでも被災地へボランティア活動に行く学生へ旅費を援助している。また、大学のボランティアと学習を結びつけて単位を出したり、授業に組み込んだりといったことを考えている」

陸前高田・戸羽太市長インタビュー


 ―開設の意義は。
 「陸前高田市には大学も専門学校もなく、若い人が少ない。これからの市の方向性として交流人口を増やす必要がある。そのための仕掛けとしてグローバルキャンパスが果たす役割は大きい」

 ―市民や企業の反応はどうですか。
 「まだまだ理解されていない部分が多い。しかし、両大学は『市民や地域の子どもたちを巻き込んで、役に立ちたい』と言ってくれている。活動していく中で、市民の理解も深まっていくと思う」

 ―期待することは。
 「我々が思っていることを具現化してほしい。例えばこれからキャンパスに隣接する仮設住宅を解体していくが、一部を残し、『こんなに狭い所に6年も住んでいたんだ』と遠方から来た方々に感じてもらえる場所にできれば。そういった運営を市が行うのは難しいが、大学に勉強の場として使ってほしい。我々もキャンパスのPRをしながら、大学が活動しやすい環境をつくっていく」
(文=福沢尚季)
日刊工業新聞2017年5月17日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
陸前高田グローバルキャンパスは陸前高田市が協力し、岩手大と立教大が共同運営する。陸前高田市立高田東中学校の旧校舎2、3階部分の教室を改修し、研究室や会議室などに活用する。同市民をはじめ国内外の学生・研究者、企業、行政関係者などが交流する拠点を目指す。運営費は年間約600万円で、両大学が折半する。 (日刊工業新聞科学技術部・福沢尚季)

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