【三菱重工業 劇場型改革の真価#01】安定志向か、一段と攻めるか
<挑戦する企業アーカイブ>悲観、楽観ゾーンを見極め
三菱重工業はこの1年、大型客船での大規模損失やMRJ(三菱リージョナルジェット)の開発遅延など次々と難題が降りかかった。一方でこの4月から4事業ドメインを三つに再編、宮永俊一社長は過去の呪縛を断ち切ろうと激しく動いている。日刊工業新聞では2015年12月から16年1月にかけて「挑戦する企業 三菱重工業編」を17回にわたって連載した。当時の状況と何が進化し、後退しているのか。現在の三菱重工担当記者がコメントで補則しながら検証する。
三菱重工業が第二創業期を迎える。MRJ(三菱リージョナルジェット)初飛行、国産ロケットによる初の民間商業衛星打ち上げなど明るいニュースが続く半面、関西電力姫路第二発電所の蒸気タービントラブル、客船の巨額損失など失敗も目に付く。これまで多彩な技術、事業を持ちながらも力の分散を指摘されてきた。そんな同社を、相次ぐM&A(合併・買収)や事業再編、抜てき人事など”劇場型“改革でグループ8万人のベクトルを合わせようとする社長の宮永俊一。知の覚醒を促し、有機的に結びつけ総合力で世界と戦うコングロマリットプレミアムを実現できるか。新たな挑戦が始まった。
11月11日9時35分、MRJが愛知県営名古屋空港(豊山町)を離陸した瞬間、東京・品川の本社で顧客対応に当たっていた宮永は、相手に断りを入れた上で側近が差し出したスマートフォンで初飛行成功を見届けた。
2000億円以上もの開発資金を投入してきたMRJは過去20年以上にわたり売上高3兆円の壁に阻まれていた三菱重工が低成長の呪縛を断ち切る象徴でもある。「技術以外にビジネスの世界を極めなければならず、長い道のりになる」(宮永)。
三菱重工が近年、MRJの事業化や日立製作所との火力発電装置事業統合など、連続して大きな決断を下せたのは、前々社長の佃和夫(相談役)、前社長の大宮英明(会長)、宮永と三代・10年以上かけてきた経営改革のたまもの。半ば強引に風土・組織を変え、自前主義や内需依存の不合理を植え付けた。
10―14年度には累計約1兆円(MRJなど新規事業投資除く)のフリーキャッシュフローを創出。ユニキャリアホールディングスの買収、仏アレバNPへの出資検討をはじめ、財務レバレッジを効かせたM&Aに乗り出せるようになった。
15年度受注高見通しは4兆7000億円。当面の目標値、事業規模5兆円は視界に捉えた。宮永を後継社長に選んだ大宮は「(自身が導入した)戦略的事業評価制度を高速で調理し、あるべき方向に進んでいる」と評価する。宮永の真骨頂は冷静な目でグローバルポジションを分析できること。その特徴は人事にある。
三菱日立パワーシステムズ社長の西澤隆人、三菱航空機社長の森本浩通ら畑違いから中核事業のトップを選び、10月には全社売上高の約4割、営業利益の半分近くを稼ぐエネルギー・環境ドメイン長に研究所畑出身で常務執行役員CTOの名山理介を据えた。
「一部門を長く経験したスーパープロを必要とする場面もあろうが、生え抜き思想では大きな変化に耐えられない」と宮永は言う。
人事には周到な連続性も見て取れる。名山は前ドメイン長でガスタービンに精通する副社長の前川篤と高砂研究所長時代に接点を持つ。
技術統括本部長の後任である川本要次とは学生時代からの旧知の間柄で79年の同期入社。その名山を14年4月から1年半、グローバル事業推進本部長に据え、世界を俯瞰(ふかん)させた。
宮永は独シーメンスとの製鉄機械の合弁会社プライメタルズテクノロジーズをつくり、次々と人材を送り込んでいる。「明治維新の西洋文明への接し方と同じ」(宮永)で、シーメンスを手本に日本流の経営グローバルプラットフォームを構築しようとする。三菱重工は老舗企業が変革する試金石でもある。
(敬称略)
―ここまでの中計の進展、課題は。
「蒸気タービントラブルや客船など一部問題はあったが、それ以外は非常に順調。中国経済が減速する中で受注は好調だ。MRJなど資金需要が増えており、戦略性のない資産の処分など構造改革を急ぐ。競争力を増すための事業分社の歪(ひずみ)が組織重複などで表れている。成長する航空機事業への職種転換などを進めるため、職能を広げる教育を手厚くする。外形的にはうまくいっているが、人材のケアを強めないと完成形には近づかない」
「現中計で最も伝えたいのは変化し続けるマインドだ。常に自分を乗り越え、挑戦する企業体になれるかどうかだ。自分自身を含めて反省すべき所はある。若い人に迎合するのではなく、あなたたちの意見を言えと。豊かな時代になり、温和な風土で育ってきた。今後は良い意味でのコンフリクト(衝突)がないと勝ち残れない」
−客船事業で累計約1600億円もの巨額損失を計上しました。
「社長就任直後、瞬間的に変だと思い、すぐに精査した。これだけ優秀で多くの技術者を抱えていても、経営史上想像を絶するような難しい船だと理解するのにものすごい時間を要した。客船の後続受注はエンジニアリング主体で続けたいが、まずは1、2番船をしっかり終えてからだ」
―畑違いから抜てきする大胆人事や組織改革が目立ちます。
「変化は宿命。そこに身を置くことは大事なこと。完成形は未来永劫(えいごう)ない。激変かもしれないが、苦しみながらも次につなげるため栄養剤を飲みながらトレーニングを積んでいると考えてほしい。常に『明日はうまくいかないかもしれない』『厳しい競争相手が出るかもしれない』と心配しながら経営している。人の何十倍も働き、厳しくやることができなくなったらさっさと辞める」
―18―20年度の次期中計イメージは。
「安定志向か、一段と攻めるかを16年度に決断し、17年度から1年かけて準備しなければならない。新興国経済の動向が立ち位置に大きく作用する。航空機が伸びるのも新興国の成長が前提。悲観、楽観ゾーンを見極め、そのどちらでもないところに落ち着く」
―仏原子力大手アレバの原子炉製造子会社、アレバNPへの出資を検討しています。
「ごく自然な投資。リスクが大きくなる形にはならない。(共同開発の中型炉)アトメア1を完成させるのが最も大事。廃炉を手がけるパートナーにもなる。仏政府との関係などをきれいに整理し、可能な限り支援する。結果、我々のメリットになる投資にする」
―理想の後継像は。
「三菱重工のような難しい会社はない。他社との経営統合ということはないだろう。どことやってもすぐにブラックホールにぶつかるんじゃないか(笑)。だからこそ経営はチャレンジングで面白い。リーダー像は柔軟で理解力、判断力に優れ、常に反省する力を持っていること。今の事業体である限り、全製品の7割はすぐに理解できないと箸にも棒にもかからない。大トラブルが発生した時に、理解して謝れるかが大事な要素だ」
(聞き手=鈴木真央)
※内容、肩書は当時のもの
第二創業「知の覚醒」
三菱重工業が第二創業期を迎える。MRJ(三菱リージョナルジェット)初飛行、国産ロケットによる初の民間商業衛星打ち上げなど明るいニュースが続く半面、関西電力姫路第二発電所の蒸気タービントラブル、客船の巨額損失など失敗も目に付く。これまで多彩な技術、事業を持ちながらも力の分散を指摘されてきた。そんな同社を、相次ぐM&A(合併・買収)や事業再編、抜てき人事など”劇場型“改革でグループ8万人のベクトルを合わせようとする社長の宮永俊一。知の覚醒を促し、有機的に結びつけ総合力で世界と戦うコングロマリットプレミアムを実現できるか。新たな挑戦が始まった。
11月11日9時35分、MRJが愛知県営名古屋空港(豊山町)を離陸した瞬間、東京・品川の本社で顧客対応に当たっていた宮永は、相手に断りを入れた上で側近が差し出したスマートフォンで初飛行成功を見届けた。
2000億円以上もの開発資金を投入してきたMRJは過去20年以上にわたり売上高3兆円の壁に阻まれていた三菱重工が低成長の呪縛を断ち切る象徴でもある。「技術以外にビジネスの世界を極めなければならず、長い道のりになる」(宮永)。
三菱重工が近年、MRJの事業化や日立製作所との火力発電装置事業統合など、連続して大きな決断を下せたのは、前々社長の佃和夫(相談役)、前社長の大宮英明(会長)、宮永と三代・10年以上かけてきた経営改革のたまもの。半ば強引に風土・組織を変え、自前主義や内需依存の不合理を植え付けた。
10―14年度には累計約1兆円(MRJなど新規事業投資除く)のフリーキャッシュフローを創出。ユニキャリアホールディングスの買収、仏アレバNPへの出資検討をはじめ、財務レバレッジを効かせたM&Aに乗り出せるようになった。
15年度受注高見通しは4兆7000億円。当面の目標値、事業規模5兆円は視界に捉えた。宮永を後継社長に選んだ大宮は「(自身が導入した)戦略的事業評価制度を高速で調理し、あるべき方向に進んでいる」と評価する。宮永の真骨頂は冷静な目でグローバルポジションを分析できること。その特徴は人事にある。
「生え抜き思想では大きな変化に耐えられない」
三菱日立パワーシステムズ社長の西澤隆人、三菱航空機社長の森本浩通ら畑違いから中核事業のトップを選び、10月には全社売上高の約4割、営業利益の半分近くを稼ぐエネルギー・環境ドメイン長に研究所畑出身で常務執行役員CTOの名山理介を据えた。
「一部門を長く経験したスーパープロを必要とする場面もあろうが、生え抜き思想では大きな変化に耐えられない」と宮永は言う。
人事には周到な連続性も見て取れる。名山は前ドメイン長でガスタービンに精通する副社長の前川篤と高砂研究所長時代に接点を持つ。
技術統括本部長の後任である川本要次とは学生時代からの旧知の間柄で79年の同期入社。その名山を14年4月から1年半、グローバル事業推進本部長に据え、世界を俯瞰(ふかん)させた。
宮永は独シーメンスとの製鉄機械の合弁会社プライメタルズテクノロジーズをつくり、次々と人材を送り込んでいる。「明治維新の西洋文明への接し方と同じ」(宮永)で、シーメンスを手本に日本流の経営グローバルプラットフォームを構築しようとする。三菱重工は老舗企業が変革する試金石でもある。
(敬称略)
宮永俊一社長インタビュー「変化は宿命」
―ここまでの中計の進展、課題は。
「蒸気タービントラブルや客船など一部問題はあったが、それ以外は非常に順調。中国経済が減速する中で受注は好調だ。MRJなど資金需要が増えており、戦略性のない資産の処分など構造改革を急ぐ。競争力を増すための事業分社の歪(ひずみ)が組織重複などで表れている。成長する航空機事業への職種転換などを進めるため、職能を広げる教育を手厚くする。外形的にはうまくいっているが、人材のケアを強めないと完成形には近づかない」
「現中計で最も伝えたいのは変化し続けるマインドだ。常に自分を乗り越え、挑戦する企業体になれるかどうかだ。自分自身を含めて反省すべき所はある。若い人に迎合するのではなく、あなたたちの意見を言えと。豊かな時代になり、温和な風土で育ってきた。今後は良い意味でのコンフリクト(衝突)がないと勝ち残れない」
−客船事業で累計約1600億円もの巨額損失を計上しました。
「社長就任直後、瞬間的に変だと思い、すぐに精査した。これだけ優秀で多くの技術者を抱えていても、経営史上想像を絶するような難しい船だと理解するのにものすごい時間を要した。客船の後続受注はエンジニアリング主体で続けたいが、まずは1、2番船をしっかり終えてからだ」
―畑違いから抜てきする大胆人事や組織改革が目立ちます。
「変化は宿命。そこに身を置くことは大事なこと。完成形は未来永劫(えいごう)ない。激変かもしれないが、苦しみながらも次につなげるため栄養剤を飲みながらトレーニングを積んでいると考えてほしい。常に『明日はうまくいかないかもしれない』『厳しい競争相手が出るかもしれない』と心配しながら経営している。人の何十倍も働き、厳しくやることができなくなったらさっさと辞める」
―18―20年度の次期中計イメージは。
「安定志向か、一段と攻めるかを16年度に決断し、17年度から1年かけて準備しなければならない。新興国経済の動向が立ち位置に大きく作用する。航空機が伸びるのも新興国の成長が前提。悲観、楽観ゾーンを見極め、そのどちらでもないところに落ち着く」
―仏原子力大手アレバの原子炉製造子会社、アレバNPへの出資を検討しています。
「ごく自然な投資。リスクが大きくなる形にはならない。(共同開発の中型炉)アトメア1を完成させるのが最も大事。廃炉を手がけるパートナーにもなる。仏政府との関係などをきれいに整理し、可能な限り支援する。結果、我々のメリットになる投資にする」
―理想の後継像は。
「三菱重工のような難しい会社はない。他社との経営統合ということはないだろう。どことやってもすぐにブラックホールにぶつかるんじゃないか(笑)。だからこそ経営はチャレンジングで面白い。リーダー像は柔軟で理解力、判断力に優れ、常に反省する力を持っていること。今の事業体である限り、全製品の7割はすぐに理解できないと箸にも棒にもかからない。大トラブルが発生した時に、理解して謝れるかが大事な要素だ」
(聞き手=鈴木真央)
日刊工業新聞2015年12月15日
※内容、肩書は当時のもの