東電会長に決まった日立・川村氏。改革のメソッド

新経営体制固まる。社長に小早川氏、広瀬氏は副会長で廃炉専念

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川村氏
 東京電力ホールディングス(HD)の社長に小早川智明取締役(53)が就任する人事が固まった。広瀬直己社長(64)は副会長に就任し、福島第一原子力発電所の事故対応に専念。数土文夫会長(76)は退任し、後任の会長に日立製作所の川村隆名誉会長(77)を起用する。月末にも人事案を決定し、6月の定時株主総会後に発令する。事故処理費用の増大に対応するための経営改革に向け、体制の刷新と若返りを図る。

 小早川氏は営業畑が長く、東電HD傘下で電力小売り事業を担う東京電力エナジーパートナー(EP、東京都港区)の社長を兼務している。リーマン・ショック後、日立の会長兼社長として同社の業績を急回復させた川村氏とのタッグで、東電の経営改革を主導する。
小早川氏

【略歴】小早川 智明氏(こばやかわ・ともあき)88年(昭63)東工大工卒、同年東京電力(現東京電力HD)入社。15年常務執行役、16年4月東京電力エナジーパートナー社長、同6月東京電力HD取締役兼務。神奈川県出身。

日刊工業新聞2017年3月27日


「川村改革」1826日の真実


 日立製作所の業績が悪化、巨額赤字に陥ったことを受け2009年4月に子会社から会長兼社長に呼び戻された川村隆氏。過去最高益が見えるまで事業を立て直し、この3月で退任した。在任期間は1826日。巨大企業をいかに復活させたのか。今だから話せる「川村改革」の内実を、テーマごとに振り返ってもらった。

増資で市場と向き合う


 ―2009年3月初めに当時の庄山悦彦会長(現相談役)から就任の打診があったそうですが、復帰する条件は。
 「会長と社長を兼務すること。庄山さんが会長に残るという選択肢も提示されたが、スピード感が一番重要だと思った。10以上の上場子会社があって、日立本体は『君臨すれども統治せず』の感覚だった。資金流出が止まらないので、連結経営のガバナンスを効かせるために会長職にウエートを置いた」

 ―最初の記者会見が4月20日。その時点で事業ポートフォリオの見直しに言及しています。日立マクセル、日立プラントテクノロジーなど上場5社の取り込みは新経営陣のアイデアですか。
 「自動車部品の分社化以外は、ほとんど我々の考え。5社より多くやりたかったが、お金の無駄遣いはできない。それでも『構造改革100日プラン』で最も意識したのは、遅れていた日立本体の改革。社内カンパニー制で独立意識を持たせ、やりすぎるとバラバラになるから『社会イノベーション』という旗を立てた。この言葉は以前からあったが使う時はそれに命を与えないといけなかった」

 ―増資についてはかなり迷ったと思います。東芝などが先に実施して、やっぱり日立の意思決定は遅いという声も出ていました。
 「32億株が48億株になる希薄化なんて、とにかくやりたくなかった。大先輩の顔が浮かぶし、昔から株を持っている人に申し訳ない。借り入れでしのげないか、今ならまだ止められないか。三好崇司君(当時の財務担当副社長)と随分議論した。でもこのままだと内部留保が1兆円を割ると思ったし、発表前日に最終決断した」

 ―結果的に社内には市場に向き合う責任感が醸成された感じがします。
 「機関投資家向け説明会でかなりたたかれた。ある投資家からは『自分たちの言うことを聞いたからパナソニックはあんなに良い会社になった』とか言われた。製品を売る時は納期や性能を保証するけど、株は何もなくて、ただ『俺を信用しろ』だけ。ひどいものを売っているな、と改めて痛感した」

事業再編、収益構造考え実行


 ―親子上場はかなり解消されましたが、残っている子会社は独立心も強い。例えば業界トップに比べ利益率の低い日立建機などを、どのように統治していくのか市場は注目しています。
 「ガバナンスの議論は常にある。ただし上場子会社は意思決定が早く投資の重点化もうまい。優秀な上場子会社を残して置く方が、日立本体の事業部門を鍛えることにもつながる。日立建機もコマツに比べると改善余地は多くあるが、グループの先導役として今の状態はしばらく続くと思う」

 ―ルネサスエレクトロニクスの経営統合の枠組みは前経営陣の決断でした。川村さんなら違った判断をしましたか。
 「もっと早く日立の出資比率を下げて自主独立経営をさせておくべきだった。当時は産業革新機構もまだなかったし、半導体メーカーの数が多すぎたというのは事実で、統合もやむなしだったかもしれない」 

 ―中小型液晶では台湾企業と提携を模索しましたが、最終的に“オールジャパン”に走り、ジャパンディスプレイが誕生しました。国が特定産業を特別に救済することに対しての考えは。
 「難しい質問だ。国産で根付かせようとするのはある程度仕方ないが、民間による自然淘汰(とうた)が一般的である海外のプレーヤーはそう思わないだろう。問題は企業が少なくなったからといって、例えば今のルネサスで、最大顧客の自動車業界が果たして値上げを認めてくれるのか。事業や収益構造を抜きにした統合や再編は本末転倒だろう」

 ―米ジョンソンコントロールズ(JC)と空調事業を統合しようとしています。海外企業とのM&A(買収・合併)はもっと難しいのでは。
 「複雑なくっつけ方をするJCの案件は非常に難しい。一番大事なのはトップ同士の信頼。僕はJCの経営幹部と一度も会っていなくて、中西君(中西宏明現会長)にまかせている。事務方の作業がうまくいかなくなった時に、すぐトップに情報を上げる仕組みができていないといけない」

火力統合は一番厳しい決断だった


 ―電力部門は火力を三菱重工業と統合し事実上切り出し原発は英国の事業会社を買収しました。
 「火力は日立の歴史のかなりの部分を背負っている。5年間で一番重い決断だった。僕は(電力事業の拠点)日立工場長を務めた人間。それが三菱重工と話をするなど、日立の常識では考えられない。それほど事業環境は厳しかった。製品事故のトラブルが続いて、お客さんからの評判が落ち入札で負ける。米国の大型案件で赤字を出し、バランスシートも悪くなる負の連鎖。助手席であっても生き残るクルマに乗る方がいい。中西君との二人の間では割と早くに統合への気持ちを固めていた」

 ―その前に一度、経営統合の報道がありましたがその真偽は。
 「それは時効が残っているので言えない。実はいろいろあるが墓場まで持っていく。三菱重工以外にもこれからどこかと組むケースは一杯出てくる。全部自前でやる時代ではない。ただ重工とはケミストリー(相性)は合う」

 ―火力の統合が実現しなければ、原発事業会社の買収を止めた可能性はありますか。
 「その相関はない。沸騰水型軽水炉(BWR)に相当な危機感を持っていた。海外のインフラでは鉄道で大きなプロジェクトを経験しているし、発電でも一つ必要。前にUAE(アラブ首長国連邦)の原発案件を韓国勢に奪われた。今にして思えばその失注で、先進国に出ることになった。新興国でやれれば勉強になるが、さすがにまだ怖い。ただ英国の原発事業は何も結果オーライではなく、相当な損金を出して撤退する可能性もゼロではない」

10個以上やり残した改革がある


 ―中西会長が最高経営責任者(CEO)と取締役会の議長を兼務します。川村さんは外部監督機能を強化する取締役会の改革に注力してきましたが、それと逆行しませんか。
 「議長は1票しかない。議長がどう言おうと社外取締役が結束すれば執行役を全員クビにだってできる。GE(米ゼネラル・エレクトリック)のジャック・ウェルチ氏も議長とCEOを同時にしていた時期がある。その方が説明や議論が早い」

 ―これまで取締役会で議案が否決されたことは。
 「まだそこまではないが、火力の統合の時などは議論が紛糾した。自動車部品と同じように分社化すればもっとやれるんじゃないか、という提案もあった。それと当日までこの案件を一切知らせなかったので、社外取締役は青天のへきれきだったのだろう。しかも私はシンガポールにいてテレビ会議だったので議事に時間がかかった。今後、社内論理をごり押しするような人事案などは差し戻す雰囲気になっている」

 ―多くの改革案がしたためられた“川村ノート”で、何%が実現したのでしょう。
 「10個以上は残っているが、数字は20年ぶりに戻ってきた。『功遂げ身退くは天の道なり』という。一つの仕事を終え退場するのは経営者としてとても大事なこと。私の原点復帰プロジェクトは一区切りついた。次の海外を中心にした自立成長プロジェクトは新しい人にまかせる」
(聞き手=明豊)

日刊工業新聞2014年5月1日

COMMENT

明豊
デジタルメディア局
局長

川村さんが日立の会長を退任した直後にインタビューしたものを再掲します。日立と東電の状況は同じではありませんが、2年間限定ぐらいで一気に改革の道筋をつけて欲しいですね。

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