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日立製作所取締役会長 中西宏明 「ソサエティー5.0」

日本独自のコンセプト、「ソサエティー5・0」について話そう

「工場を食わせる」という発想から脱せよ


 社会課題を解決するビジネスを展開する上で、重要な視点がある。社会や顧客の知見を取り込み、さまざまな企業と協業することで新たな価値創造につなげる「協創」の発想だ。グローバル企業の幹部らもオープンな意識を持ち始めていることを実感する。

 振り返ると、わたしにとって「協創」の原点は、技術者としての一歩を踏み出した「おおみか工場」(現おおみか事業所)時代にある。制御システムの開発現場は、社内外問わずコミュニケーションが活発だった。

 とりわけ成長著しい鉄鋼メーカーとの関係は深く、相手の表情まで思い浮かべながら設計書を書いたものだ。わたしは日立の言葉で言う「茨(いば)地区」の出身だが、情報通信やエレクトロニクスの拠点が集積する「京浜地区」でも顔見知りが多く、「これぐらいのLSI(大規模集積回路)は作ってくれよ」などとやり合った。

 そもそもイノベーションは、自由闊達(かったつ)に議論する土壌があってこそ、生まれるものだとあらためて思う。今の日立製作所をみていると、顧客との関係はもとより、自社内でさえ人脈の広がりがないように映るのが気がかりだ。

 製品ごとに組織が縦割りの企業にとっては工場がひとつの「小宇宙」となりがちだ。だが、工場が持つ経営資源や能力の枠組みの中で経営を考える発想から脱却しない限り、画期的なイノベーションは起こせない。

 市場との対話を起点に、「工場をどう食わせるか(採算をとる)かは後からついてくる」ぐらいの気概で「協創」する組織へ変えたい。製品別カンパニー制を顧客の市場別に組織再編したのは、その覚悟の表れである。

経営トップは自身の言葉で未来社会を描け


 経営トップに求められる資質も変化している。真に経営をリードする上で問われるのは、幹部教育を通じて得られる類いのスキルだけでなく世界のリーダーとコミュニケートして、相手を納得させる能力、あるいは、未来社会を自身の言葉で描く力である。

 わたし自身、学生時代は文系を志向し続けてきたからかもしれないが、文系と理系にも垣根を感じない。厄介なのは、人間関係は苦手という理系タイプ。人に対する興味なくして、社会を変えるイノベーションが起こせるのだろうか。

 いま世界は、未来を形づくる潮流が見え始めている。この流れに乗るのではなく、流れをけん引し、これまでで最も大きな変革を起こしたい。どうやら、いいウェーブになりそうだ。いや、そうしなければならない。


【ファシリテーター・永里善彦氏の見方】
 ドイツに始まる「インダストリー4.0」を意識し、それを超えるものとして日本は「ソサエティー5.0」を提唱した。そのコンセプトは、課題先進国が自らの課題を克服し、日本の望ましい姿を描き、産業界、学界、政府が一体となって、豊かで活力あふれる“未来社会”の実現に向けて注力する。IoTを他国のように、産業の生産性向上や製造業の強化にとどめず、少子高齢化やエネルギー問題といった社会課題の解決策と広範にとらえ、イノベーションによって課題を解決するというものである。

 日立の社会イノベーション事業を主導してきた実績を踏まえての中西会長の発言は頼もしい。産業界の旗振り役として、今後の「ソサエティー5.0」の開花に期待したい。なおドイツは日本を含む各国の取組みについて調査した。本年2月にまとめたレポートでは、ドイツが、インダストリー4.0の焦点を製造業の強化という小さな領域に留めたことへの反省が記載されている。
日刊工業新聞2016年7月6日/7日/8日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
ドイツの「インダストリー4.0」、米国の「インダストリアル・インターネット」に対抗しうる日本のコンセプト「ソサエティー5.0」。対象が広範囲なだけに、言葉にするとやや抽象的、概念的になりやすい。ただ、具体的な事業に落とし込むのは個々の企業や事業になってくる。ニュースイッチ(日刊工業新聞)ではこれから、随時「ソサエティー5.0」の可能性についてさまざまな角度から伝えていく。初回は民間側からこのコンセプトづくりを主導した日立の中西会長に全体像と、自社の実情を語ってもらった。言葉の端々から、日立が、そして自身がこれを具現化するリーダーになる気概を感じる。

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