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国立大学による寄付の争奪戦が始まる。「未来への投資」に位置付けへ課題は?

国立大学による寄付の争奪戦が始まる。「未来への投資」に位置付けへ課題は?

寄付について説明する阿部文科相

国立大学による寄付の争奪戦が始まる。文部科学省の補助金事業で大学執行部の強化に併せて本格的な寄付集めの体制が整備される。大阪大学は社会課題解決型の寄付募集プログラムを開発し、東京で10億円以上の大口寄付を集める。少額寄付から始めて大学との関係を築き、最終的には遺贈につなげる。課題は日本の寄付文化が脆弱(ぜいじゃく)な点だ。寄付は困窮者救済というイメージが強いが、未来への投資というカテゴリーを確立する必要がある。(小寺貴之)

大口獲得へ専門家増強

「国立大学への寄付は法人化後の20年で寄付件数は2倍、金額は1・5倍に増えた」と、阿部俊子文科相は実績を強調する。文科省によると国立大学全体への寄付金は2014年度が855億円、22年度は1126億円となった。同期間では16年度に名古屋大学が77億円、名古屋工業大学に73億円の現物寄付、21年度には京都大学に255億円の現金寄付があった。14件の大口寄付は合計で701億円にのぼる。寄付には上位10位までの大口寄付者が全寄付額の3分の1、11位から100位までの寄付者が全体の3分の1、残りが3分の1を占めるという「3分の1の原則」がある。寄付者の数に対して金額が伸び悩み、大口寄付の獲得が戦略の柱になった。

国立大学法人への寄付と大口寄付獲得例

戦略はシンプルだ。まずは卒業生や付属病院などのつながりで大学との接点を作り、少額の寄付を募る。寄付による成果や感謝を伝えて定期的に寄付をもらう関係を築く。そして信頼関係を育み、遺言で財産を無償贈与する遺贈につなげる。入り口は広くとり、そこから寄付者との関係を育てていく。

こうした人材は大学には乏しかった。そこで寄付集め専門のファンドレイザーを雇用する。阪大は現在の15人体制を26年度までに18人採用して倍増させる。米国や英国の有力大学に並ぶ寄付募集体制への第一歩とする。

東京科学大学もファンドレイザーを6人増やし、寄付を24年度の5億4000万円から27年度に10億円へ引き上げる。これまでアプローチが弱かった海外の修了生や企業、篤志家に働きかけていく。筑波大学は24年度にファンドレイザーを3人雇用する。段階的に体制を強化し、基金を含む寄付金収入を24年度の35億6000万円から27年度に43億6000万円へ引き上げる。筑波大の感謝の集いに参加する高額寄付者や、学長を囲む会に参加する企業との関係を強化していく。

阪大が構築する寄付者のピラミッド

名大もファンドレイザーを新たに雇用する。名大と岐阜大学を運営する東海国立大学機構としてファンドレイズ戦略を策定する。潜在寄付者の発掘や寄付メニューの整備を進める。東海機構の財務担当理事がトップセールスをかけ、両大学のファンドレイザーをサポートする。京大は23年度の寄付金と受託研究収入などを合わせて260億円、これを4年間で52億円増やす。そのために東京と京都の2拠点体制をとる。東京拠点には新しくファンドレイザーを配置し、企業や起業家、富裕者層などを新規開拓する。

5大学とも目標値が明確なのは文科省に達成目標を約束しているためだ。阪大は09年から24年3月末の寄付実績が131億9579万円だが、27年度には218億7000万円へと増やす。年平均目標額は2・5倍になる。20年間で1・5倍とは異なり、急拡大が求められている。

文科省が補助金、体制強化 IR機能、データに基づき経営判断

大学が寄付集めを確約したのは文科省が執行部の体制強化をセットにした補助金を提供しているから。国立大学改革・研究基盤強化推進補助金として各大学の財務担当理事や学長、総長を支える専門チームを構築することになっている。従来の大学の経営企画と異なり、株式会社のようなIR機能を整える。京大は情報ツールを導入して全学の経営資源情報を集約し、データに基づいた経営判断ができるようにする。寄付者や共同研究先企業、卒業生などの外部資金獲得につながる顧客情報は顧客情報管理システム(CRM)で管理する。

5大学に提供される24年度の補助金額は8億9000万円。期間は4年間で24年度分は半年分とされる。25年度以降は増額される可能性もあるが、事業が終わればファンドレイザーの人件費は大学が持つことになる。年間数億円の体制強化予算を原資に、毎年数億から数十億円の寄付を集める仕組みを作る。

日本で文化浸透へ 税制優遇拡大・好事例を共有

課題は日本の寄付文化が脆弱な点だ。限られたパイを国立大学が競って獲得すると、子どもの貧困対策や途上国支援など、寄付に支えられている他の民間非営利団体(NPO)への影響が懸念される。パイを広げるには新しい寄付のカテゴリーを作る必要がある。

税額控除対象法人への個人現金寄付額と主な税制優遇

日本では寄付は困窮者への救済のイメージが強いが、海外では節税や政治活動として寄付が使われる。本来、寄付の目的は多様だ。大学への寄付は研究開発や人材育成などの未来への投資に当たる。文科省は補助金で大学を競わせるだけでなく、文科省自身も寄付文化を変えるために動く必要がある。

例えば国立科学博物館の標本などのコレクション保全費用を募ったクラウドファンディングは9億円以上を集めた。ただ文科省担当者は「科博は成功したが賛否両論あった」という。文科省が前面に立つとネガティブに働きかねないことを懸念する。政府による予算支援を求める声は少なくなかった。

ふるさと納税活用、自治体にも利点

現在は毎年の税制優遇拡大と大学関係者などを集めた寄付フォーラムで好事例を共有する活動を進めている。注目されているのは、ふるさと納税の活用だ。早稲田大学は東京都新宿区、中央区と連携し、寄付金の最大7割が早大に入る大学応援プロジェクトを展開する。名城大学は名古屋市に働きかけ、市内の国公私立大学や短大など29機関が参画する応援プロジェクトを立ち上げた。大学に7割、自治体は3割が入るため、双方に利点があるという。高級な牛肉やカニなどの特産品のない都市部では有効とみられる。

小さくも多様な形が試みられている。阿部文科相は「大学のファンドレイザーなどの体制整備と経営改革を進めている。税制優遇や好事例の共有など、引き続き寄付金をはじめとする外部資金獲得のための環境醸成に努めていく」という。各大学の取り組みが一つの流れとなり寄付文化が変わるか注視される。

日刊工業新聞 2024年11月20日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
なぜ国立の大学が寄付を集めなければいけないのか。文科省の資料には「人口の減少や、それに伴う授業料収入の減少が見込まれる中、国立大学法人や学校法人等が財源を安定的に確保していくためには、寄附などの自主財源の拡大、外部資金の導入増加を図ることが求められている」、「寄附に関する各種の優遇措置を積極的に活用するなど、各法人における自主財源の拡大に向けた取組をより一層進めることが必要不可欠」と書かれています。日本では補正予算や地域を含めた科学技術関係予算は9.5兆円。2000年を1とすると23年は2.2倍に増えています。ただ国立大学の運営費交付金は04年の1兆2415億円から23年は1兆784億円と13%減りました。この1631億円の削減が大学の基礎体力を削ぎ、自主財源の確保のために寄附集めへと向かっています。国民としては税金を払い、国としては国債を発行してまで9.5兆円を支えているのに、戦略的に遺贈を狙うとはどういうことなのか、合理的な政策決定であっても感情がついてこない、と批判されてもしかたないかもしれません。まずは文科省が前面に立って説明すべきではないかと思いつつ、何代前かもわからない前任者が始めた路線を走るしかない現担当の苦悩は相当ではないかと思います。一方で、この補助金の調書は5大学ともパターンが共通しています。文科省側からテンプレートを配ったのではないか、いわゆる仕込み案件ではないかと疑念を持たれてもしかたないかもしれません。課題はノルマやプレッシャーです。保険や金融商品、高級ブランド品などでは、販売員が職場で難しい状況になり、親族が買い支えたり契約したりすることが少なくありません。それを前提に人を雇う組織さえあります。現在の国立大学はKPIと競争原理で動く組織なので、意図せずに、そうならないよう文科省はケアしていかないといけないと思います。資産家の親族が遺産相続で揉めるとき、その輪の中に国立大学の担当者が座っている。昼ドラじゃないんだからと思います。

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