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レーザー核融合・風況計測…関西の大学発、「ディープテック」スタートアップが存在感

レーザー核融合・風況計測…関西の大学発、「ディープテック」スタートアップが存在感

「地方とディープテックの相性は良いのでは」と指摘する松尾社長(左は照射チャンバー)

大学集積、理系人材が躍動

高度な科学的知見に基づく技術「ディープテック」を武器にした関西の大学発スタートアップが存在感を放っている。京都大学大阪大学をはじめ、優れたシーズを保有する研究機関が多いことが背景にある。大手ベンチャーキャピタル(VC)も関西スタートアップへの積極的な投資を表明しており、資金調達の環境は整ってきた。ディープテックの新興3社に関西で事業を展開する狙いや課題を探った。(大阪・森下晃行)

EX-Fusion レーザー核融合開発 松尾社長、連携しやすさ魅力

「地方とディープテックの相性は良いのでは」―。EX―Fusion(エクスフュージョン、大阪府吹田市)の松尾一輝社長はこう指摘する。同社はレーザー核融合の商用炉開発を目指す大阪大学発スタートアップ。4月には浜松市中央区に初の自社研究施設を開いた。

レーザー核融合は高速で射出する燃料にレーザーを当て「爆縮」という反応を起こす必要がある。同施設では高繰り返しのレーザーを燃料に的確に当てる研究を進める。

なぜ、阪大発スタートアップが浜松に拠点を置いたのか。同地は浜松ホトニクスなどの本社があり「光関連産業が盛ん」(松尾社長)。企業や大学などの提携先を探しやすい。「行政も支援に積極的でスタートアップにフレンドリーだった」ことも背中を押した。

この施設では実際に核融合反応を起こすわけではないが、レーザーの制御技術や重要部品を統合して「開発を加速できる」と松尾社長は期待を込める。

先端技術を扱うディープテックは設備や実験環境の都合上、拠点の場所が制約される場合がある。見方を変えると、都市部に拠点を構える必要はないとも言える。将来的には地域産業の振興につながる可能性があり、今後に期待がかかる。

メトロウェザー 風況計測装置 古本社長、経営の戦力アップ課題

地方ならではの悩みもある。一つが人材確保の難しさだ。「関西の良さをどう伝えるかが難しい」とメトロウェザー(京都府宇治市)の古本淳一社長は打ち明ける。

ドップラーライダー(初号機)について説明する古本社長

同社は風況計測装置「ドップラーライダー」を開発する京都大学発スタートアップ。赤外線レーザーを上空に照射し、大気中を漂うちりによる散乱光を捉える装置だ。風の向きや強さでちりの動きが変わるため、風況を正確に計測できる。風力発電の環境アセスメントや不審な飛行ロボット(ドローン)の検出などで活用を見込む。

京都には有名大学が多く、大企業に就職する学生も珍しくない。「東京のスタートアップと同程度の給与であれば、物価が安い分、関西の方が良い暮らしができる」(古本社長)として、地元志向の学生などにアピールする手段もあるとみる。

また、経営人材不足も大学発スタートアップに共通する課題だ。研究者が起業する場合、専門分野への知見は深くとも経営にたけているとは限らない。

古本社長は「スケールアップの例が出てくることが重要だ」と話す。民間企業出身の事業経験者が大学発スタートアップに参画し短期的な収益の確保や実績作りをしながら新規株式公開(IPO)などに至る例が増加すれば「自身が経営権を握ろうとする研究者の考え方を変えるきっかけになるかもしれない」と指摘する。

PITTAN 汗で肌状態分析 辻本社長、資金獲得へ「目立つ」

PITTAN(ピッタン、神戸市灘区)も地方発のディープテック企業。汗から人の肌の状態を分析する技術を持ち、美容や健康などの分野で実用化に取り組む。東京大学の技術を活用するが、辻本和也社長には出身地の神戸から有力なスタートアップを創出したいという思いがあった。神戸は首都圏よりスタートアップが少ないため「目立ちやすい」と辻本社長。さまざまな支援を受けやすいメリットがあると強調する。

開発中の小型分析装置を手にする辻本社長(中央)

辻本社長は半導体製造装置メーカーやVCを経て起業。微小電気機械システム(MEMS)分野に知見があり「半導体技術で分析の仕組みを小型化する」ことに力を注ぐ。

同社には島津製作所出身の最高技術責任者(CTO)も共同創業者として参画。大学関係者が中心のディープテック企業とは経営メンバーが異なる。違いは事業の方向性にも表れており、シーズに固執せず「ニーズを起点にビジネスを展開している」(辻本社長)。

現在、展開中のサービスは、ばんそうこうのようなパッチを肌に数分間貼り、採取した汗を拠点で分析。結果はスマートフォンで確認する。身体を傷つけずに生体データを調べられる点が特徴だ。

東京大学発の生体分子分析技術を応用して微量の汗による分析を可能にした。だが「特定の技術にこだわるわけではない」(辻本社長)。

同社が開発中の小型分析装置には、東大系以外の分析技術も採用する計画だ。専門知識がなくとも手軽に使えるようにしてスポーツジムなどで分析機会を提供できれば、展開先はさらに広がる。

ディープテックのスタートアップには、技術を追求しながらも、柔軟にビジネスチャンスをつかんでいく姿勢が必要になる。

VCも攻勢、“成長に資する環境”

大学発スタートアップの数は、東京都に次いで大阪府と京都府が多い。投資家も関西のスタートアップに期待を寄せる。VCのグローバル・ブレイン(東京都渋谷区)は23年、京都事務所を開いた。4―5年後までに、ディープテックを含む関西新興に100億円規模の投資を予定する。

都道府県別の大学発スタートアップ数(2022年度)

新津啓司京都事務所長は「京大、阪大という理系に強い国立大学が二つもある。東京圏を上回る理系人材の宝庫と言っても過言ではない」と話す。京セラや島津製作所などの大企業が数多い点も成長に資する環境という。

ただ、ディープテックのスタートアップはIPOやM&A(合併・買収)といった出口(EXIT)に至るまで時間がかかる。「5―10年の尺度でEXITできないとVCは投資できない。ある程度実証が終わり、プロダクトができる可能性が見えてきたタイミングで起業して資金を集めることが必要」と新津所長は指摘する。

「(プロダクトの)可能性が見える段階までを乗り切るために助成金などで起業準備を支援することが非常に重要だ」と説く。

日刊工業新聞 2024年5月8日

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