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研究資金配分機関に課題…予算急増、管理人材は争奪戦

研究資金配分機関に課題…予算急増、管理人材は争奪戦

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日本の研究開発を支える資金配分機関(FA)の人繰りが課題になっている。科学技術政策の財源が補正予算で措置される金額が増えたためだ。基金化され、予算は数年間にわたって使いやすくなった。だが、それを管理する人材は事業が終わると組織から去っていく。組織に管理ノウハウが残らず、ITで業務を効率化しても人的余裕ができない組織もある。アウトソースを含め、FA間で連携し戦略的に人材を確保する必要がある。(小寺貴之)

NICTなど自前育成の動き

科学技術関係予算

「うちに限らず、どのFAも人材不足になっている。もともと人口が少ないところで人の取り合いが起きている」と情報通信研究機構(NICT)の徳田英幸理事長は説明する。2020年代は大型の科学技術政策が補正予算として措置されてきた。FAにとっては運営費交付金の数倍の基金予算を管理する事態になっている。例えば日本医療研究開発機構(AMED)の22年度の総収入は基金事業を含めて4821億円。このうち運営費交付金は66億円と1・4%に過ぎない。運営費交付金は機関がある程度自由に扱える予算だ。職員の人件費や緊急対応のやりくりは運営費交付金から捻出される。AMEDの三島良直理事長は「経営の自由度が少ない」とこぼす。

大学もリサーチアドミニストレーター(URA)などの管理人材を強化している。国際卓越研究大学に選ばれた東北大学では技術職を含め、URAや知的財産、産学連携、国際活動などの専門職スタッフを約1100人増員する。1800人の研究者が自分のラボを運営し、独立して研究できる環境を支える。そのためFA経験者は垂ぜんの的だ。FAの管理業務が分かるため、研究予算の申請や書類管理の負荷を軽減できると期待されている。

卓越大に応募した別の大学では「最初の審査で通らなければ先に卓越大となった大学が人材を囲い込んでURAが払底する」という危機感があった。東京の大学でさえURA確保に苦労する。地方大の人材不足は深刻だ。

背景には管理人材に大企業の役職定年者を当てるなど、マネジメント人材を産業界に依存してきたことがある。研究機関の内部で育てず、外から調達してきた。ここに巨大な基金事業が降りてきたため、FAと大学で管理人材の取り合いが起きている。

そこでNICTは機構内で育成を始めた。科学技術振興機構(JST)のURA研修などを利用しつつ、理事長直下のチームで人材評価や育成プログラムを開発している。

NICTは研究機関にFA機能が追加された組織だ。研究とFAの両方が分かる人材が必要なため人材確保に苦労している。また研究課題の採択で自身が有利にならないよう、研究部門とFA部門を独立して運用する必要がある。農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)も研究とFAの両方を備える。久間和生理事長は「ファイアウオールを設定し、運営は副理事長に任せている。自分は経営にまったく関与していない」と説明する。農研機構ではFA機能は生物系特定産業技術研究支援センターに集め、研究開発機関としての経営と分離している。委託研究事業の課題採択では、実質的な判断を農林水産省に委ねることで中立性を担保している。

学術界では研究とFA業務に通じた人材は重宝され、学術界全体の管理コストを低減すると期待される。組織としても業務量に応じて柔軟な配置換えができるようになる。その上で業務は分離する仕組みを整えてきた。

共通業務集め外部委託探る

人材の循環とキャリアアップのイメージ

個人としては大学とFAを渡り歩きながらキャリアアップしていく道がある。JSTでは年俸制の定年制職員の枠を設けてサポートしている。組織を渡り歩く際にネックになっていたのが退職金だ。年収には大きな差はないが、退職金は一つの組織にとどまる方が大きくなる。そこで退職金分を年俸に織り込んで組織間を移動しやすくしている。橋本和仁理事長は「研究機関の悩みは、せっかくいい人がいてもプロジェクトが終わると手放さないといけないこと。次のプロジェクトまでJSTで預かり、研究開発プロデューサーとしての力を蓄えてもらいたい」と説明する。

米国ではFA業務のアウトソースが進んでいる。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の横島直彦副理事長は米エネルギー高等研究計画局(ARPA―E)を視察し、「正規の職員は60人しかいない。本当に重要な仕事のみに絞っていた」と振り返る。ARPA―Eの扱う予算はNEDOの約3分の1。NEDOの職員は1500人のため単純計算で業務の8割以上を外に委託していることになる。これが可能なのはエネルギー省専属の委託先が育っているためだ。省庁ごとに特定の企業がバックオフィス業務を一手に引き受けている。

横島副理事長は「日本も同様にできるとは言えないが、働き方を見直し付加価値の高い仕事に集中していくことが重要」と説明する。日本のFAがバラバラに小さく業務委託してもメリットは限られると想定される。FAと大学などで共通化できる業務を集めるなど、工夫が必要になる。

別のFAでは組織改革を進めたものの「ITを投じても投じても一向に人繰りが改善しない」と嘆く幹部もいる。このFAでは研究職も事務方も付加価値の高い業務にシフトするためにアウトソース活用を検討している。大学や国研の子会社に委託して集約する道もある。各機関では組織の柱となるプロパー職員を育成しつつ、人材の流動化やアウトソースなどで外の力を活用する。これを成功させるには業界として戦略を共有しておくことが重要になる。

日刊工業新聞 2024年08月16日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
一部ブラックな組織もありますが、だいたいはホワイトな組織です。例えばNEDOは新卒の定着率は世間並み、中途の定着率は異常に高いとされています。働きやすい職場で国プロを回していくやりがいもある。いろんな人がいてバチバチやることもあるけど、そこは大人なので問題ないと。ブラックな企業から出向している方は、もう帰れないとおっしゃっていました。一方で、歴史の浅い組織で出向者が多く、組織の中で誰もわかる人がいない仕事があちこちに転がっていると言われるFAもあります。アドミニストレーションや管理業務はマニュアル仕事とはいうものの、マニュアルにない例外や融通を利かせた例外は溜まっていくものです。単なる管理でなくプロデュースするならなおさらだと思います。FAの人不足は組織というより予算構造の問題で、基金事業や補助金事業をプロジェクト雇用で進めるなら、同時に3割くらいはプロパーを当てるか、応じて増やすかしないと組織にノウハウが蓄積していかないように思います。業務効率と連続性は別軸です。3割のプロパーさえ、これからは大学に引き抜かれるようになるはずです。FAはもう少し裁量が欲しいと要望していますが、運営費交付金を増やすのは至難の業です。そうであるならば、アウトソースをコストダウン目的でなく、連続性担保と高度化の手段として使って、民間に予算が切れるリスクを呑み込んでもらえると助かります。ただ下請けの階層を増やし、実態が見えなくなる可能性もあります。やはり運営費交付金を増やすのが素直な気がします。各FAの問題の構造が共通しているなら一つ解決策がでてくれば、みんな助かるはずと思っております。

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