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〝仕事は5倍〟に拡大…NEDO新理事長が試される手腕

〝仕事は5倍〟に拡大…NEDO新理事長が試される手腕

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の斎藤保理事長

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は今春IHI出身の斎藤保氏を理事長に迎えた。NEDOは年間1528億円の運営費交付金事業に対し、基金事業が約6兆1233億円に膨らむ。資金配分機関として業務量が予算額に比例するなら、仕事は5倍に増えている。就任早々、経営者としての手腕が試される。

―就任して2カ月たちました。組織の内情は把握できましたか。
 「4月に着任し、この2カ月間は各部門から説明を受けている。NEDOを外から見ていた感覚から運営費交付金の規模での業務範囲を想像していたが、実際に中に入ってみると基金事業が積み上がっており、担うことになった重責に身が引き締まる思いだ。まずは業務をいかに着実に遂行していくかが焦点になる。一言で言えば生産性向上に取り組む。人材育成と業務の標準化、効率化を進める。業務を標準化して誰でも成果が出せるようにし、ムダな仕事を特定して負荷を減らしていく」

―業務を定型化しても、NEDOには外部からの出向者が多く、仕事を1年で覚えても出向期間は残り1年などと流動性が壁にもなっています。また変えられない確認項目やルールが多いのではないでしょうか。
 「業務の標準化は誰でも1カ月で同じ仕事ができるようになるぐらいでないといけない。簡単ではないが、業務の立ち上げに1年もかけていられない。そしてルールは順守することが前提だ。その上で行間を読むことも必要になる。書かれていない部分に調整要素が多々含まれるため、ムダな調整のために業務を増やしたり、逆に見落としが生じたりする。目的と手段が逆転することもある。業務の中のムダを探して取り除き、標準化して効率化する。ホワイトカラーの生産性向上を進めることが必要だ」

―研究開発管理の人材育成は。
 「検討はこれからだが、やり方を変える部分もあるだろう。例えばプロジェクトマネージャー(PM)は特定の技術分野に限定しないゼネラリストとしてのPMを育ててきた。実際の開発現場では、それだけでは収まりきらない部分がある。機動力を増すため、専門分野に特化したPMを育てる必要もあるだろう。即戦力化につながる」

―民間から即戦力を採用してしまう方法もあるのでは。
 「採用の自由度は増していてキャリア採用も進めている。新卒採用も含め、NEDOの理念や使命に共感して入ってきてくれたプロパー職員の組織を支えようという思いと力は大きい。人材育成は個々の職員が自ら能力を高めることを後押しする。私は企業経営でも自律性を重んじてきた。私自身、トップのリーダーシップで組織がどうにかなるような幻想は抱いていない。むしろトップのリーダーシップに依存するのではなく、現場を担う一人一人がリーダーであるべきだ」

―スタートアップ支援の大型基金が動き出します。
 「スタートアップは日本も長年、力を入れてきたが、なかなか顕著な成果を産み出すには至っていない。その一因に、世界の市場が将来どう変化していくのか見識を持つ人間が少なかったことがある。日本は世界の中でも特殊な市場だ。日本で成功していても、世界の変化を捉えられるとは限らない。日本の起業家は技術が良ければ海外でも売れると考えがちだが、投資家は別の価値基準で動いている。そこでディープテック・スタートアップ支援事業ではスタートアップの海外実証や技術サービス拠点開設等も支援することで、スタートアップと海外のマーケットをつないでいきたい」

―事業では最大30億円で量産化技術の実証までサポートします。
 「その後の量産化に踏み出す際の資金をどうするかが課題になるだろう。スタートアップとしては出資を受ける、大企業と協業する、といった選択になる。そこでベンチャーキャピタル(VC)などと連携して出資や協業を促していきたい。海外のVCは投資家を募る際に、一つの投資パッケージの中に10個以上のスタートアップを入れて、そのうち一つでもユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)のような大きな利益が出るスタートアップが出てくれば良いと考えている。日本の金融機関は一件一件での投資回収で判断し、失敗が許されないような風潮もある。スタートアップを育てるための要件として『FFF』という俗語がある。フレンドリー(友好的)でファミリア(家族的)でフール(愚か)。NEDOは家族や友人にはなれなくてもフールにはなれるかもしれない。日本にはフールな挑戦を評価する環境が必要だろう」

―技術インテリジェンスを強化します。海外情報の収集・分析とスタートアップ支援の相乗効果が期待できます。
 「報告書レベルの情報でなく、現場でなにが起きているか、生の情報を集める必要がある。これは民間も苦労している点だ。米国の西海岸は投資フェーズのスタートアップ情報、東海岸は堅実な技術情報、欧州やシンガポールなどのイノベーション特区にも情報が集まる。求める情報に応じて拠点を通じて情報を集める必要がある。そして日々上がってくる情報に分析者がピンとくると深掘りが始まる。NEDOでは海外拠点とインテリジェンスを担当する技術戦略研究センター(TSC)をうまく機能させたい」

―NEDOの理事長を引き受けた理由はいかがですか。
 「NEDOでは民間には踏み切れない研究にも携わることできる。国が関わることで挑戦できる開発もある。経営者として、かつて民間で研究開発マネジメントに携わった者として、これを支えることが社会への恩返しになると考えた」

小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
基金事業の大型化でNEDOの人材流動性が増している。優秀な人を採用しても基金が終われば手放さないといけないためだ。常に即戦力を採用し続ける組織になるが、高度なマネジメントを担える人材は多くはない。このため業務の標準化と効率化は不可欠だ。NEDOの苦悩は日本の研究開発人材市場の行く末を占う挑戦になるだろう。

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国立研究開発法人は日本の科学技術水準の底上げに向け、基礎研究やイノベーションの創出に挑んでいる。各理事長がどのような展望を描いているかを聞く。

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