人身取引、水際で防ぐ…ANA・JALが対応マニュアル
世界の人身取引の被害者は、足元で約5000万人に上ると推計されている。人身取引は奴隷などを想像し、遠い国の問題のように感じるが、だまされて日本に連れてこられるアジア人女性は多く、日本にも深く関係する問題だ。国境をまたぐ人身取引を水際で止めようと、日本の航空業界は対策を進めている。(梶原洵子)
ANAHD・JAL、対応マニュアル作成
「日本はアジア各国にとって若い女性が連れていかれる『人身取引の要注意国』とされている」とANAホールディングス(HD)の宮田千夏子上席執行役員は指摘する。例えば、「モデルになれるよ」と言われて日本に来たのに、実際には性的サービスや接客を強要される。これも人身取引の一つだ。
女性だけでなく、世界では男性や子どもも被害に遭い、強制労働や臓器提供などをさせられている。ロンドン五輪などで英国代表として陸上競技で金メダル4個を獲得したモハメド・ファラー氏は2022年に被害者だと告白した。
国際労働機関(ILO)や国際移住機関(IOM)などによると強制労働と強制結婚を合計した現代奴隷制の被害者は21年時点で推定4960万人。16年に比べ1000万人近く増加した。世界の約150人に1人が被害者という驚きの割合だ。犯罪組織にとって、人身取引は巨大ビジネスとなっている。
足元ではコロナ禍の収束で人の移動が回復しており、「負の影響も増えるかもしれない」(宮田上席執行役員)。そこで、ANAHDは日本航空(JAL)や成田国際空港(NAA)との共催で、「人身取引防止フォーラム」を7月19日に都内で開いた。IOMや国際航空運送協会(IATA)、出入国在留管理庁、警察庁の担当者も登壇した。
「まずはさまざまな人に知ってもらいたい。オールジャパンで人身取引防止に取り組んでいることを訴求し、『日本は人身取引をやりづらい国だ』と思わせる」(同)とし、抑止力の発揮を狙う。
関係者間の連携も深めていく。JALの小川宣子ESG推進部長は、「JALでは社内教育などの“点”の取り組みから始め、だんだん連携できるようになった。多様なステークホルダー(利害関係者)と大きな“面”をつくり、対応したい」と話す。NAAの宮本秀晴取締役は「空港は何かあった時に対処する場になる。関係者が連携する場をつくり、他の空港を巻き込むようなこともやりたい」と話す。
これまでにANAHDとJALはそれぞれeラーニングなどの社内研修や対応マニュアルの作成を推進。出入国在留管理庁などと連携し、日本行きの機内で人身取引が疑われる乗客を見つけた場合に機長を通じて機内から通報する制度を構築している。今後は海外空港への到着便での通報の仕組みなどで海外諸国との連携が課題だ。
海外ではCAが察知 安全を守り行動を
近年は犯罪者側のやり方が巧妙化しており、おびえた様子の人ばかりが被害者とは限らない。だまされていることに気付かず、機内では楽しそうにしている場合もある。「まずは気付いたら声を出す。違っていたらそれでいい。声に出すことで、1人でも救われるといい」(ANAHDの宮田上席執行役員)というスタンスで取り組む。
航空機の機内や空港は国境をまたぐ人身取引の水際だ。海外では客室乗務員(CA)が不審な様子に気付き、人身取引を防止できた事例もあるという。
ただし、声に出すとは言っても、それは乗務員の間でのことだ。CAは被害者や犯人ではないかと感じても必要以上に話しかけず、いつも通りにサービスする。怪しんでいると相手にわかると、間違っていた場合は不快に思われる。人身取引だった場合は、犯人を刺激して自分自身や被害者、他の乗客を危険にさらすことになる。
「CAには自分自身の安全を確保した上で対応するように伝えている」(同)という。乗客も何かに気づいた時にこっそりCAに伝える以上のことはやらない方がいいだろう。まずは一人ひとりの人身取引の防止に協力する姿勢が重要だ。