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20年ぶり…キャッシュレス時代の新紙幣、問われる真価

20年ぶり…キャッシュレス時代の新紙幣、問われる真価

現金の需要は今でも根強い(新紙幣を発行した日銀)

20年ぶりとなる新紙幣が3日、発行された。改刷対応は全国金融機関の窓口や現金自動預払機(ATM)、各種券売機などで進んでいる。旧紙幣は従来通り使用できるため、日常生活に大きな変化はなさそうだ。カードやアプリケーションの決済が普及してキャッシュレス化が進む中、現金の意義があらためて問い直されている。(編集委員・川口哲郎)

印刷技術進歩、触感で識別 安全な決済手段

日銀によると6月末時点の新紙幣の備蓄量は約52億枚となる。前回の2004年に行った改刷時の約50億枚と比べても遜色ない水準だ。銀行券発行高は前回の改刷前の04年3月末時点が71兆4000億円に対し、今回は3月末時点で120兆9000億円となる。銀行券発行残高に対する新紙幣の比重は相対的に小さくなっている。

日銀によれば、キャッシュレス化を含む銀行券の需要動向などを踏まえ、銀行券発注高の翌年度分を毎年決定している。新紙幣は22年度に15億枚、23年度に30億3000万枚、24年度に29億5000万枚を発注しているという。

現金決済の見通しについて、日銀は「決済のキャッシュレス化が進展するもとでも現金の需要は根強い。誰でも、いつでも、どこでも安心して使える現金は引き続き決済手段として大きな役割を果たしていく」とする。災害発生時の決済手段、キャッシュレス決済利用が困難な層への対応にも一定のニーズを見込んでいる。

改刷の背景は、現行券の発行開始から20年が経過し、「この間の印刷技術の進歩などを踏まえて、今後とも日本銀行券の偽造抵抗力を確保していく必要がある」(日銀)というのが大きな理由だ。偽造防止に向けてはインキを高く盛り上げる印刷技術で、触るとざらざらした触感で識別できるようにした。従来の肖像の透かしに加え、背景に高精細のすき入れも施している。傾けると肖像の向きが変化する「3Dホログラム」も世界で初めて導入。傾けると文字が浮かび上がり、ピンクの光沢が見える工夫もある。

電子化の潮流加速、現金は「交流の媒介」

新紙幣発行は経済・社会にどのような影響があるだろうか。SMBC日興証券は「キャッシュレス決済の利用拡大につながる」と指摘する。21年11月に改鋳された500円硬貨の流通量が急減しているという前例があるためだ。新硬貨に対応する自販機が一部にとどまり、利用できる場所が減っていることが要因とみられている。「新紙幣も自販機を中心に対応が進まない場合は、紙幣の利用そのものが抑制され、キャッシュレス化が進むきっかけになる可能性もある」(SMBC日興証券)という。

キャッシュレス決済比率は近年高まっている。経済産業省の調査で同比率は23年度が前年度から3・3ポイント増の39・3%となり、「25年度までに4割程度」の政府目標をほぼ達成した。キャッシュレス決済額は17年の64兆7000億円に対し、23年は約2倍の126兆7000億円に拡大している。

キャッシュレス決済と比率

金融サービス開発を手がけるインフキュリオン(東京都千代田区)が全国2万人を対象に4月に行った調査によると、全体の65%がキャッシュレス派を自認した。23年4月より4ポイント上昇した。決済カテゴリー別ではコード決済アプリについて6割が「増えた」と回答する一方、現金は約4割が「減った」と回答した。

多くの場所でコード決済やクレジットカードなどのキャッシュレス決済を行う環境が整備され、「多くの人が日常な決済手段としてキャッシュレス決済を選択するようになった」(インフキュリオン)とみる。一方で、小遣いやお祝い、仲間内の集金や謝礼は現金の需要が根強く、「(現金は)コミュニケーションの媒介という価値を見いだしている」(同)と分析している。

インタビュー デジタル対応、顧客が選択 みずほ銀行頭取・加藤勝彦氏

みずほ銀行は新1万円札の肖像となる渋沢栄一氏が設立した日本初の銀行「第一国立銀行」を源流とする。加藤勝彦頭取に渋沢氏の精神の継承や決済動向、銀行店舗のあり方などを聞いた。

―新紙幣発行に伴う状況と事業への影響を教えてください。

みずほ銀行頭取・加藤勝彦氏

「ATMの対応は2月までに完了している。古い紙幣が使えなくなるわけではないので、タンス預金が銀行口座に移るといったような影響は特に想定していない。ただ、(日銀が3月にマイナス金利解除したのを受けて)これまで預金に利息が付かなかったから運用に興味がなかった層も銀行に行ってみようと、一つのきっかけになることを期待したい」

―みずほ創業に関わった渋沢氏が1万円札の肖像となります。

「日本最初の銀行をつくり、みずほの源流になったことは非常に誇らしいし、意識をしっかり受け継いでいかなければならない。当時の思想でいえば『公益と私益の両立』が今まさに問われる。日本は少子化やカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現など非常に難しい課題に直面する。企業同士が連携して公的な立場で貢献しなければならず、これをみずほがつないでいく。渋沢氏の志が我々のパーパス(存在意義)になっている」

―決済のキャッシュレス化はどうみていますか。

「間違いなく進む。利便性だけではなくセキュリティー技術も踏まえて進化する。日本全体の生産性向上にもつながる。例えば手形・小切手の電子化や納税の2次元コード対応は銀行界を挙げて取り組んでおり、国力を上げることにもなる。ただすべてがキャッシュレスになるかといえば、そうではない。顔を合わせて取引、決済する需要は引き続き残り、対面の重要性はある」

―みずほの店舗戦略をどう考えますか。

「顧客に選択してもらう体制をつくる。デジタルは顧客の利便性を高める。店舗は運用や借り入れなどの相談目的で来店する顧客への対応を主眼とする。コンタクトセンターは対応の質を向上する。リモートで事務の受け付けをして完結できる体制に変えていくのが戦略の大きな柱だ」

―個人向け店舗を見直す考えは。

「個人顧客が入りやすく、相談しやすい店構えに変える。本年度から数店舗で試行を始める。順次増やし、数年内に129店舗を移行したい。路面店は利便性の観点からショッピングモールなどに入る形も検討する」

日刊工業新聞 2024年7月3日

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