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温暖化対策をそっと後押し…「ナッジ」が示す効果

温暖化対策をそっと後押し…「ナッジ」が示す効果

グリーンシールの貼付けで環境対応をアピール

情報発信の工夫によって人々の意思決定に影響を与える「ナッジ(nudge)」が気候変動対策に役立ちそうだ。ナッジは行動科学の手法で、良い方向へ「そっと後押しする」ことをいう。環境省の実証で再生可能エネルギーの利用促進、家庭での省エネによる二酸化炭素(CO2)排出削減、環境配慮商品の販売促進に効果がみられた。(編集委員・松木喬)

電気・ガス使用減 リポート送付、利用者に動機付け

電力シェアリング(東京都品川区)とサイバー創研(同港区)の2社は2023年度、環境省の実証事業に参加し、電気自動車(EV)の運転手に対して太陽光パネルの発電量が増える昼間に充電するように働きかけた。

運転手に提供したCO2排出量削減量のランキング情報や削減に応じたポイント付与がナッジだ。運転手の行動に変化が見られ、昼の充電率が34%から57%へと上昇した。

30万世帯にリポートを送付し、省エネを促すナッジ実証事業の主な成果(17-20年度)

過去の実証でも効果は確認できている。日本オラクルと住環境計画研究所(東京都千代田区)は17―20年度、全国30万世帯が参加する大規模な実証実験を展開した。

期間中、北海道から沖縄県までの電力・ガス会社5社が、各家庭に電気・ガスの使用実績が分かるリポートを送付。似た世帯と比較できる使用量データがナッジ。自宅の使用量が多いと分かれば、省エネの動機付けとなる。

参加者に聞き取ると30万世帯中の24万世帯がリポートを受け取ったと認識し、9万世帯が省エネ行動をとったと回答した。電気・ガスの削減量をCO2に換算すると平均2%削減。日本オラクルの小林浩人氏は「非常に大きな成果」と胸を張る。

環境省によると22年度の家庭部門の排出量は1億5800万トン。ナッジによって2%削減できると316万トンを抑えられる。122万世帯分の排出量に匹敵する量だ。

また実証で3割の世帯が、電力・ガス会社への印象が良くなったと答えた。送付したリポートには省エネ方法のアドバイスも掲載しており、参考にした家庭が多いと思われる。

小林氏は「電力・ガス会社は家庭との接点をさらに強化できる」とみている。デジタル技術の進展で実証時よりもナッジを利用しやすい環境になっているためだ。太陽光パネルやEVを所有する家庭が増え、電力メニューも多様化した。家庭の電力データも収集しやすくなり、「一人ひとりに意味を持ったメッセージを届けられる」(小林氏)。各家庭に最適化した情報を提供することで、契約の継続や追加サービスの利用などのビジネス機会が広がる。

CO2オフセット 環境配慮の作物栽培を評価

シイタケとキクラゲを栽培する永島農園(横浜市金沢区)もナッジ事業に参加した。CO2削減価値を持つJ―クレジットを購入し、栽培に伴う排出量をゼロにする「オフセット」を実施。オフセット商品には独自の「グリーンシール」を貼り、直売所やオンラインでシールのない商品と一緒に並べた。シール付き商品は価格をクレジット分として他の商品よりも5%高く設定。結果は販売した全商品の3割をシール付商品が占めた。

永島農園は横浜市内で4軒しかないキノコ農家。先代は花を栽培していたが、永島太一郎社長は焼きたてのキノコのおいしさに感動して、キノコ農家に転換した。

12年ごろ、9月はハウスに涼しい外気を取り込んでいた。それが15、16年になると9月でも気温が下がらず、ヒートポンプ式空調でハウス内を冷やすようになった。「温暖化で良いモノを作りにくくなった。環境に負荷をかけない農業をしたい」と考えている時、環境省の事業を知って参加した。

永島農園はキノコを育てた原木を廃棄せず肥料に再利用している。また太陽光パネルも設置するなど、環境に配慮した農業を実践する。実証に協力したサイバー創研元会長の黒田幸明氏は「もともと環境対策に熱心で、信頼がある」と太鼓判を押す。日頃の取り組みがあるから、グリーンシールも理解されやすかった。環境に配慮した企業も、情報発信の工夫によって商品の評価を高めることができそうだ。

日刊工業新聞 2024年6月6日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
全家庭が2%削減すると122万世帯分のCO2が減る。自分で計算しましたが、あたらめて驚きました。設備投資なしで大幅に減らせます。これからリサイクル材の使用、再生可能エネルギー使用など、環境に配慮した商品の発売が増えると思います。こうした商品が選ばれるためにもナッジの効果に期待したいです。

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