商品に温室効果ガス排出量の削減表示、加速する「情報開示」の現在地
商品に温室効果ガス(GHG)排出量の削減を表示する動きが広がっている。メーカーにとっては気候変動対策の努力が可視化され、社会に訴求しやすくなる。排出量の開示が取引条件にもなり、脱炭素に向けた中小企業の連携も生まれた。GHG算定の土台となる環境影響評価手法「ライフサイクルアセスメント(LCA)」は、持続可能な経済・社会を目指す上で欠かせなくなってきた。(編集委員・松木喬)
「使われずにいる着物から作ったご祝儀袋 88%オフ」「車の廃材を使ったバッグ 59%オフ」―。
三井物産と博報堂が5月に設立した新会社「Earth hacks(アースハックス)」のホームページには、商品と一緒にGHG排出削減率が掲載されている。生産に使われたエネルギーなどによる排出量を計算し、従来品と比較した数値だ。着物や廃材を有効活用した効果で原材料の生産に伴う排出量が減ったと分かる。
新会社は、気候変動対策につながる商品を選びたい消費者への情報提供を目的に削減率表示サービスを手がける。もともと三井物産と博報堂が2022年に共同でサービスを開始したが、トヨタ自動車や大日本印刷など70社が利用するまでになり、新会社を設立した。
農林水産省も農作物への排出量削減の表示を支援している。化学肥料や農薬の削減、施設栽培に使う暖房用燃料の低減など、生産者が実践した対策に応じて野菜や果物に「星」マークを付ける。23年度はコメやホウレンソウ、トマトなど23品を対象とし、表示したい生産者を募る。また、100以上の店舗で星マークを付けた農作物を販売し、消費者が環境問題を意識して商品を選ぶ行動変容につなげる。
増えている排出量削減の表示はLCAの一つ。LCAは原料採掘から生産、使用や廃棄まで全般の環境影響を評価する手法。完成品メーカーが関与するのは「商品の生産」だが、サプライヤーによる「原料加工」、商品を購入した消費者による「使用」や「廃棄」も含む。地球温暖化に限らず生態系破壊や大気汚染や健康被害など、あらゆる影響を数値化する。そして数値の大きな材料や工程を発見し、改善する。
GHGに着目し、商品が作られ、使用され、廃棄されるまでの排出量の合計値はカーボンフットプリント(CFP)と呼ばれる。今、CFPがビジネスに使われるようになってきた。政府は23年度から、国の機関に環境配慮商品の購入を義務付けた「グリーン購入法」にCFPを採用した。省庁と取引する企業には商品のCFPの計算を推奨しており、23年度はタイルカーペット、24年度からコピー機についてはCFP表示を必須にする。
正確なCFPの開示には企業の連携も欠かせない。電子情報技術産業協会(JEITA)のワーキンググループ(WG)は、サプライチェーン(供給網)を構成する企業間でCO2排出量を伝達するルールを検討している。商品のCFPの算出には、部材や部品1点ずつの排出量を合計する必要があるためだ。
サプライヤーがCO2の実測値を開示するのが理想だが、何種類もの部品を製造している工場だと、特定の部品だけの排出量の抽出は難しい。一方、現在のCFPは原単位と呼ばれる業界標準値で推定するため、1社1社の排出削減努力が反映されない課題がある。
WGは6月末、実測値を企業間で伝達する基本ルールを「CO2可視化フレームワーク」として公表した。デジタル技術を活用したデータ共有や国際動向にも適合させた。ルールが整ったことでCFPの開示が加速しそうだ。
中小企業同士の取引では排出量の算定にとどまらず、脱炭素に向けた取り組みが始まっている。東京インキと成東インキ製造(東京都世田谷区)の2社は、取引先である大川印刷(横浜市戸塚区)に納入するインクの製造や輸送に伴う排出量を計算。同量の削減価値を持つクレジットを購入し、排出量を帳消しにする「カーボンオフセット」を実施した。
大川印刷は自社工場に設置した太陽光パネルの電気を利用し、不足分は風力発電所から購入して「再生エネ100%印刷」を実現済み。インク2社から調達するインクが排出ゼロとなったことで、サプライチェーンの脱炭素化に近づいた。業界内での反響が大きく、大川印刷印刷課の佐藤禎則リーダーによると「インク2社には、他の印刷会社からも問い合わせたがあった」という。
日本でLCAの活用は温暖化対策に偏っているが、欧州連合(EU)は資源政策にも取り入れている。EUは20年に「持続可能な製品政策」を打ち出し、メーカーに商品のライフサイクル全体の管理を要請した。詳細は欧州議会で審議中の「エコデザイン規則」で決まるが、耐久性の向上や修理のしやすさ、中古品の再整備などの要件を設定する。商品寿命を延ばすことで廃棄物の発生を抑え、新たな資源投入を減らす目的だ。メーカーに対し、修理などによって消費者が購入した商品が長持ちするように求めている点がLCAの考え方だ。
エコデザイン規則案では、製品ごとに環境データを登録する「デジタル製品パスポート」を導入する計画だ。CFPのほか、修理のしやすさ、再生材使用量などが登録候補となっている。日本の産業界では負担と受け止められているが、EUの政策に詳しい日本生産性本部エコ・マネジメント・センターの喜多川和典センター長は「メーカーと商品がつながり続け、売った後も修理などのサービスを提供して利益を得られる」と主張する。
LCA研究の第一人者である東京都市大学の伊坪徳宏教授は7月27日の計量サステナビリティ学機構の記者会見で「国際的にライフサイクルでの課題解決が重視されている。LCAは、ESG(環境・社会・企業統治)のS(社会)にも広がる」と語った。
今は環境影響の分析にLCAが使われているが、強制労働やジェンダー平等(性差解消)などの社会課題の解決にもLCAが使われると見通す。今後、ビジネスでLCAが欠かせなくなりそうだ。