箱根駅伝で選手着用ゼロから25%に、アシックス「シューズ」追い上げの舞台裏
アシックスは新たな経営体制で2024年度からの3カ年中期経営計画を推進する。成長のカギは「デジタル」と「グローバル」。デジタルで顧客との接点を増やし売り上げを拡大するほか、グローバルで社内オペレーションを効率化して利益率を高める。経済成長が著しいアジアでの戦略も重要だ。中計最終年度の26年12月期に、営業利益率で業界最高水準の約12%(23年12月期実績は9・5%)の達成を目指す。(神戸・友広志保
【注目】ランニングシューズで攻勢
正月の風物詩、箱根駅伝。100回目を記念する24年の大会で、アシックスのシューズを着用した選手は全体の約25%を占めた。米ナイキの厚底シューズが席巻し、着用ゼロの屈辱にまみれてからわずか3年。驚異的な追い上げの舞台裏には、社長直轄プロジェクトの存在があった。
ランニングシューズでグローバルブランドの攻勢に押されていた19年、当時社長だった広田康人会長の直轄で「C(頂上)プロジェクト」が始動した。広田会長は「世界で戦える質の高いシューズを作れるようになった。まずは夏のパリ五輪で、選手が当社の新しいシューズで表彰台に上がることが大きな目標」と力を込める。プロジェクトは引き続き広田会長の下で継続し、シェアをさらに伸ばしていく構えだ。
アシックスの勢いは経営指標からも見て取れる。23年12月期は売上高が前期比17・7%増の5704億円、営業利益が前期比59・4%増の542億円といずれも過去最高を記録した。広田会長は「アシックスは完全に成長軌道に乗った」と強調。広田会長が推進してきた“カテゴリー経営”の取り組みが結果となって表れた。
カテゴリー経営とは「パフォーマンスランニングフットウエア」や「オニツカタイガー」など商品カテゴリーごとに責任者を置き、商品企画から生産、販売まですべての責任を持つ経営管理体制のことだ。従来の機能別組織を統合して19年に移行した。加えてカテゴリー横断的に販管費コントロールに責任を持つ「コストオーナー」によって横串を刺し、収益基盤を強固にしてきた。
「今年のアシックスの合言葉は“足を止めるな”だ」(広田会長)というように、過去最高の業績は通過点に過ぎない。1月には富永満之社長が就任。新たな経営体制で24年度からの3カ年中期経営計画を推進する。最終年度の26年度に営業利益800億円以上、売上高営業利益率約12%を計画。「業界最高水準の利益率」(富永社長)を目指す。
巨大なグローバルブランドとの戦いでは優先順位を付け、まずランニングシューズ、次にテニスシューズで勝ちにいく。25年に日本と米国、欧州の3市場でランニングシューズでシェアトップという目標を掲げている。
【展開】アプリなど3点セットで顧客つかむ
アシックスの次なる成長のカギとなるのが新興国とデジタルだ。新興国ではインドやベトナムなどの開拓を進める。競合も力を入れる市場だが、富永社長は「強い商品で勝負する。そのためにもランニングでナンバーワンになる」と話す。インドでは同国最大のマラソン大会「タタムンバイマラソン」に協賛するほか、スタートアップとの協業も推進。ベトナムでは新規直営店の展開を加速する。
すでに海外売上高が全体の80%を占めるが、競合のグローバルブランドに引けを取らない「真のグローバル企業」への変革はこれから。そこで取り組むのが、デジタルを活用したグローバルでの社内オペレーションの標準化やデータ活用だ。
部署横断で取り組みを進め、23年12月期末の棚卸資産残高は1212億円となり前期末から143億円削減した。24年は製販のデータ連携でサプライチェーンマネジメントを高度化する。最高財務責任者(CFO)の林晃司常務執行役員は「同業他社の数字を見るとまだできることがある。販売会社からの生産オーダー数が妥当かしっかり検証する」とし、23年に162日だった在庫回転日数を24年に約150日、26年に140日未満を目指す。
デジタルサービスを拡充してランナーとの接点拡大も図る。ランニングシューズという“モノ”の提供以外でランナーとの接点を増やす動きは業界のトレンドだが、「レース登録とランニングアプリケーション、(会員サービスの)ワンアシックスの三つがそろうのは当社だけ」と富永社長は力を込める。他社とも協業しながらレース登録やトレーニング、商品提案、レース後の疲労回復など、ランナーの行動に沿って商品やサービスを提供する「ランニングエコシステム」を構築する。
特にレース登録プラットフォームでは、米国や豪州、日本でM&A(合併・買収)を進め、世界トップの地位を確立した。直近では22年11月に欧州を中心にレース登録プラットフォームサービスを提供する仏ニューコも買収した。世界の主要地域を網羅し、23年のレース登録者数は約1200万人に上る。
Eコマースと直営店のDツーC(消費者直接取引)販売チャネル強化で重要となるのが、会員サービス「ワンアシックス」だ。より効果的なマーケティングやリピート顧客の増加につなげる。卸売りがメーンの同社にとって、顧客ニーズを直接拾うことは難しかった。23年の会員数は945万人で、26年に3000万人を目指す。
【論点】社長・富永満之氏「製版データ共有、生産性向上」
―グローバル経営が進む中で重視することは何ですか。
「大きく三つある。一つはポートフォリオ(の最適化)。例えば今年は、米大統領選挙を含めいろいろなことが起こり得る。主要国でバランスを取り、さらに新興国も伸ばすことで、どこかが悪くなっても他でしっかり補えるようにする。二つ目はブランディング。(会員サービスの)ワンアシックスではデジタルでお客さまと直接つながり、当社のブランド価値をしっかり伝えられる。ライフタイムバリュー(LTV、顧客生涯価値)を最大化し、当社の利益率も上げる。三つ目はサプライチェーントランスフォーメーション。本社と海外販売会社、生産を一つのオペレーションで行う」
―サプライチェーン改革も進めています。
「当社は地域ごとの個別最適はかなりできたが、全体最適化した効率的なオペレーションはこれからだ。販売会社は早くモノを作ってほしい、もっとバラエティーがほしいと言う。しかし生産はじっくり計画を立てたい。製販のお互いの理解がもう少し必要だ。その上でデータを共有する。今後は皆で一つのシステムを見て共通のデータで会話することで生産性を上げる」
―さらなるグローバル化への取り組みは。
「“グローバルタレント”の登用も進める。日本では英語ができ、システムが分かる人材はなかなかそろわない。だから当社はオランダ・アムステルダムにテクノロジーのグローバルヘッドクオーターを置いている。Eコマースも進んでいる米国のボストンで全世界のオムニチャネルを作っている。IT以外でもよりグローバル人材が入り交じると真のグローバル企業に変革できるのではないか」
―DツーCを強化しています。
「(他社製品と)比較して買いたい人や、カジュアルにシューズを履きたい人もいるので、ホールセール(卸売り)もやはり重要だ。今後もホールセールと一緒に成長していき、6割がホールセール、残りがDツーCでバランスを取りたいと考えている。ただDツーCの中身は変えていく。(会員サービス)ワンアシックスのロイヤルティープログラムを強くして、リピートのお客さまを増やすことに注力する」