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化学メーカーの「石化」再編機運高まる、事業環境に2つの変化

化学メーカーの「石化」再編機運高まる、事業環境に2つの変化

化学各社では石化再編への機運が高まっている(丸善石油化学の千葉工場)

2024年、大手化学メーカーの石油化学事業の再編論議が加速しそうだ。背景としてあるのが、中国の台頭による需給環境の変化と脱炭素対応だ。各社は石化事業における製品の付加価値化に取り組むほか、連携や再編の機運が高まっている。三菱ケミカルグループでは筑本学執行役エグゼクティブバイスプレジデントが4月に社長に就き、石化再編の戦略を練り直す考え。石化業界の今後を見据えた動きが新たなステージを迎えつつある。(山岸渉)

中国台頭・脱炭素で環境激変、続く稼働率90%割れ

石化業界は大きく二つの事業環境の変化にさらされている。一つが化学製品の基礎原料となるエチレンの生産だ。石油化学工業協会(石化協)の統計によると23年11月のエチレンプラント稼働率は84・1%だった。23年夏頃の80%を切った水準が続いた傾向から回復基調ではあるが、好不況の目安となる90%を16カ月連続で割り込んでいる。低稼働率は石化を手がける各社の業績に響く。

化学は産業の川上を支えるだけに「市況に左右される部分が大きい」(住友化学の岩田圭一社長)。世界経済の低迷や物価高による国内消費の伸び悩みなどが低稼働の要因となった。さらに追い打ちをかけるのが、中国での石化プラント新増設。この動きはしばらく続くとみられ、アジア全体での供給過多の状況が続く。価格の安い汎用品が日本に流れるようになり、需給の緩みに拍車をかけている。

もう一つの環境変化として脱炭素対応ものしかかる。国立環境研究所によると、21年度の日本の二酸化炭素(CO2)排出量における産業部門のうち化学が約15%を占める。化学は多くの化石資源やエネルギーを使用する産業である一方、さまざまな産業の川上を支える経済安全保障面での重要性が高まっており、持続可能な製品としての変革が求められている。

実際、化学各社は原料のバイオ化や、CO2の利活用、リサイクル技術の開発など環境負荷低減の取り組みを進めている。ただコスト面を踏まえ、「各社が単独で競争力の強化、構造改革を進めるのは難しい」(三菱ケミカルグループの筑本執行役)との課題がある。

付加価値創出に注力、半導体・洋上風力など照準

中国の影響による事業環境の変化や脱炭素への対応が迫られる中で、化学各社が力を入れている一つが、より付加価値の高い石化関連製品を手がけることだ。

化学各社は石化関連製品の高付加価値化に取り組む(東ソーの半導体製造工程向け高純度薬液容器用HDPE)

例えば、今後需要の回復を見込む成長産業である半導体関連向け製品が挙げられる。東ソーは強みのクリーン性を生かし、半導体の製造工程向け高純度薬液容器用高密度ポリエチレン(HDPE)で生産効率化の体制整備に取り組む。丸善石油化学も半導体フォトレジスト用樹脂の増産に取り組む構えだ。

他にもENEOSは洋上風力発電の需要に対応するため、子会社が手がける超高圧電線絶縁用ポリエチレン(PE)で生産能力の増強を決めた。レゾナックは主に化粧品原料で使われる1,3―ブチレングリコールで、中国などのアジアへの展開に力を入れる。

化学製品自体の付加価値向上に取り組む動きがある一方、出光興産の宮岸信宏基礎化学品部長は「顧客からはバイオPEなどのニーズがある。グリーン化を進めることは既存事業の強化につながる」と指摘する。脱炭素対応を進めることが付加価値を生むといった考えだ。

その一つがリサイクル関連だ。出光では25年度に廃プラスチックを生成油にするケミカルリサイクル(CR)装置を立ち上げる計画などがある。旭化成はCO2を原料としたポリカーボネート(PC)などの「CO2ケミストリー」を手がけるなど、各社は環境負荷低減技術の開発に力を入れていく。

戦略見直し鮮明に、プラント共同運営進め最適化

事業環境の厳しさや変化を受け、「石化は再編の機運が高まっている」(旭化成の工藤幸四郎社長)と、化学大手は再編に向けた姿勢を鮮明にする。

住友化学は業績低迷などを受け、石化部門の抜本的な構造改革に乗り出す考えだ。まず国内で念頭に置くのが、千葉県の京葉臨海コンビナートでのエチレンプラントの共同運営だ。すでに丸善石油化学と共同出資する京葉エチレンがエチレンプラントの運営を担うが、さらなる連携の形を探る構えだ。30年をめどに完成を計画する、バイオエタノールを原料にエチレンやプロピレンを生産するプラントでも京葉地区での連携を見据える。

同じ京葉地区にエチレンプラントを持つ三井化学の橋本修社長は「さまざまな技術に取り組む中で選択肢の一つではあるだろう」と語る。三井化学もエチレンプラントやポリオレフィン事業での他社連携を含めた最適化を検討する。

エチレンプラントでは地域間の連携も重要と捉える。三井化学は水島、周南、大分など瀬戸内海に近接する石化コンビナートと、大阪工場(大阪府高石市)との連携を想定する。エチレンの生産や輸送などで相乗効果を出せる可能性があるとみる。大分コンビナートにエチレンプラントを持つレゾナックの福田浩嗣業務執行役石油化学事業部長は「話し合いにはオープンな姿勢だ」と語るなど、各社の石化再編に対する意識が高まりつつある。

一方の三菱ケミカルグループ。ジョンマーク・ギルソン社長の退任発表は突然だった。「(就任した21年度から)5年間は続けると聞いていた」。ある化学メーカー首脳はこう驚きを隠さなかった。23年12月までに石化事業の分離の方向性を示す考えを表明していたが、計画は仕切り直しになった形だ。

三菱ケミカルグループでは筑本執行役が4月に社長に就任し、石化再編に向けた新たな戦略を検討する(石化製品を手がける三菱ケミカル茨城事業所)

次期社長の筑本執行役は石化事業の経験が長く、毎月事業所を訪問して従業員らとコミュニケーションをとるなど現場を重視。「各社は優秀な方がトップにいる。率直な意見交換がしたい」(筑本執行役)と石化事業の再編に向けた戦略を練り直す考えを示す。

日本での石化コンビナートの誕生から60年以上がたつ。長年の歴史の中でさまざまな統廃合がありつつも、最適なパイプラインを構築してきた。脱炭素対応でCO2を排出しない原料や燃料へと変えていくため、パイプラインも新たな形が求められる。それだけに「再編もそう簡単にはいかないだろう」(別の化学メーカー首脳)という冷静な意見がある。各社それぞれの構想をすり合わせながら、次世代の石化の姿を模索する動きが活発化していきそうだ。


【関連記事】 大手化学メーカー、構造改革の行方
日刊工業新聞 2024年01月12日

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