電力効率14倍…米IBMが世界初開発「アナログ方式のAI推論チップ」の性能
メモリーアレイの物理現象でCPU介さず積和演算
米IBMは人工知能(AI)のワークロード(処理負荷)の8割以上を占める積和演算をメモリー上で直接計算する世界初のアナログ方式のAI推論チップを開発した。開発には日本IBMの研究チームが参画。不揮発性メモリーなどを3500万個搭載した線幅14ナノメートル(ナノは10億分の1)のチップを試作した。既存のAIチップに比べて約14倍の電力効率を実現するなど、AI処理で課題となる低消費電力化に新たな道を開いた。(編集委員・斉藤実)
脳の神経回路を模したニューラルネットワークなどのアルゴリズム(計算手順)を高速に実行するAIチップはすでにデジタル回路では実用化されている。IBMはこれに加え、アナログ方式のAIチップの実用化を究極のゴールとしているが、実用化にはまだ時間がかかる。
アナログAIコアは従来の方式とは異なり、半導体材料の特性と電流・電圧の原理を用いて、物理現象として低消費電力でニューロン処理を再現する点が特徴。AI推論などに使う。脳内で動作する信号処理を物理現象として模したAIチップは他に類がなく、研究論文は米科学専門誌「ネイチャー」にも掲載された。
AIの積和演算は通常、中央演算処理装置(CPU)と外部メモリーの間でデータをやりとりしながら計算する。また、積和演算はニューロン同士の結合強度を表す数値である「重み」を設定し、入力データとかけ合わせて計算するのが一般的な原理だ。
新方式のアナログAIコアでは演算機能付きのメモリーデバイス(AIMC)にニューラルネットを直接マップ(配置)する。具体的には、重みを記録するための抵抗変化素子を微細配線間の交点に複数、配置。これにより、電流・電圧をかければCPUを介さずにメモリーアレイ(データの格納領域)の物理現象によって、重みを経由して、そのまま積和演算が実行できる。
開発チームの一員である日本IBM東京基礎研究所の岡崎篤也シニアリサーチサイエンティストは、重みを「蛇口」に例え、パイプに水を流した場合で、この仕組みを説明する。
手順はまずパイプが交わるところ(実際は配線間の交点)に蛇口を複数配置し、蛇口ごとに重みの値(抵抗値)を調整する。その上で「パイプに上から水を注ぎ込むイメージで電圧をかければ、上から下へと蛇口を通るごとに重みで電流が調整されて、足し算されて計算結果が下にたまる」(岡崎氏)。これにより、CPUを介さずに、メモリーアレイの物理現象によって、積和演算が実行できるという。
アナログAIコアについて日本IBM東京基礎研究所の山道新太郎理事は「新方式はシナプス(神経接合部)自体を作っているわけではなく、あくまでもニューロンチックな回路だ。それをニューロンチップと呼ぶか否かは意見が分かれるが、実用化が早まったのは事実だ。我々の目的は低消費電力の実現だ」と語る。
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