高生産性や省スペースを追求したSPEEDIOで工作機械業界の常識を覆す
“高価で大きい”という工作機械の常識を覆す、機能を絞り込んだコンパクトなマシニングセンタ「SPEEDIO(スピーディオ)」を提供するブラザー工業。主軸30番のカテゴリーに特化し、高生産性や省エネ、省スペースに磨きをかけることで他社との差別化を図ってきた。近年は顧客ニーズや成長市場の動向に合わせた製品ラインナップの拡充にも注力。製品サイズや価格は抑えたまま、「旋盤+マシニングセンタの複合加工」や「大物・長尺ワーク加工」などに対応可能な製品を次々と提案している。さらなる加工精度の向上や省力化など、コンパクト機への要求をどう実現するのか。産業機器開発部で機械設計に携わる4人の技術者に話を聞いた。
―ミシンやプリンタのイメージが強い御社が工作機械を手掛けるようになったきっかけを教えてください
渡邊 1908年に、創業者である安井兼吉がミシンの修理業を始めたのが当社のルーツです。当時は扱うミシン自体が輸入品でしたが、「ミシンの国産化を実現し、輸入産業を輸出産業にする」という創業者の思いからミシンそのものの製造にも乗り出しました。ミシン製造では小さなねじ穴を精度良くあけることが求められ、海外製の工作機械ではそれが難しかったそうです。そこで、ねじ穴加工用の機械を内製したのが当社の工作機械づくりの最初でした。
―社内で使う機械をつくるところから始まったのですね
渡邊 ええ、購入した機械が使いにくければ、自分たちでつくってしまうのが当社の流儀です。加工機だけでなく、搬送機やそれを動かすNC装置も自作しており、ねじ穴加工用の機械とNC装置を組み合わせることで、1985年にCNCタッピングセンタの初号機が生まれました。高価で大きなマシニングセンタ(MC)が主流だったとき、ねじ穴加工に限られはするものの、正確に速く加工できる機械を、安い価格で投入したのです。ねじ穴加工を主業務とするお客様に非常に重宝されたと聞いています。
―ねじ穴加工に特化したCNCタッピングセンタが、現在のSPEEDIOへとどうつながってきたのでしょうか
渡邊 CNCタッピングセンタはNCボール盤というカテゴリーの製品でしたが、お客様のニーズに合わせてより高度な加工を追い求めていく中で機能の面で徐々にMCに近づいていきました。そこで、2013年にデザインを一新したタイミングでカテゴリーをMCに改め、ブランド名も新たにSPEEDIOとしたのです。
機電一体開発による高速加工が強み
―SPEEDIOの特徴を教えてください
寺阪 機械とNC装置をどちらも自社開発しているのがユニークな点です。社内でメカと制御のすり合わせをスムーズに行えるため、工具交換時間の短縮やテーブル回転速度の最適化が可能になり、生産性の高い加工を実現できます。工具とワークが接触していない非加工時間にも電力は消費されるので、トータルでの加工時間の短縮は省エネにも効いてきます。
天野 主軸30番のカテゴリーに特化している点もこだわりの1つです。40番に比べてコンパクトに設計できる30番を前提としていることが、SPEEDIOの強みである省エネ、省スペースにつながってきます。
―省スペース化のために、機械設計ではどのような工夫をしているのでしょうか
村澤 ねじ穴加工に特化したCNCタッピングセンタを開発したように、当社では、お客様の加工に必要とされる最低限のスペックを揃えるという考えで商品開発をしています。そのため、あらかじめ機種ごとにターゲットを定め、それを実現するために最適なスペースを確保できるよう機械を設計することで、省スペースを実現します。剛性やストロークについてもターゲットに合った必要最低限のスペックを揃えることで、無駄のない商品に仕上げています。
渡邊 鉄を削るための一般的な工作機械は、できるだけ広いユーザーにマッチするようオーバースペック気味に設計されています。一方、当社の工作機械は当初から軟らかいアルミニウムがメインターゲットだったため、高い回転数で速く削れるようなモータ特性や可動部の軽量化を追求してきました。それがかえって、ニッチな分野にマッチしたと考えます。
―SPEEDIOブランドになってから10年が経ちます。顧客ニーズの変化は?
渡邊 同じものを大量につくる生産形態が減り、多品種生産に変ってきました。以前は同じ工作機械を10数台並べて、1つの部品を少しずつ加工していく「工程分割」が主流でしたが、今は少ない工作機械で多くの工程をこなす「工程集約」への流れがあります。お客様からも、工程集約を実現できる工作機械への要望が高まっています。
―ニーズに合わせてSPEEDIOもラインナップを?自動化のニーズも高まっています
渡邊 はい。SPEEDIOは現在7シリーズを展開しており、うちMシリーズ、Hシリーズ、Uシリーズで工程集約のための機能を盛り込みました。ほかに、Sシリーズにオプションで搭載できるロータリテーブルを用意しています。当社は機械一体型の搬送装置を自社開発していますが、ロボットや搬送装置の導入は中小企業にはハードルが高いのが実情です。そのため工程集約を追求し、1台で複数工程を担える商品を開発するのが1つの解決策だと考えています。販売会社と連携し、ロボットや搬送装置をパッケージ化して提案することにも力を入れていきます。
SPEEDIO初の横形MCを発売
―最近の新製品について教えてください
渡邊 今年4月に新たにSPEEDIO のHシリーズを発表し、MおよびWシリーズの新機種もリリースしました。天野、寺阪、村澤の3名は機械設計を担当しながら、それぞれの新製品のプロジェクトリーダーも務めました。
―Hシリーズの開発コンセプトと横形のメリットは?
天野 SPEEDIO初の横形MCとして開発しました。これまでSPEEDIOとしては立形機しかなかったのですが、ワークを旋回させるB軸テーブルを標準搭載した横形MCをラインナップに加えました。また、φ600×580mmの広い治具エリアや新開発の30本マガジンを備えることで、本シリーズのターゲットである大物・長尺ワークの多面加工を実現します。メリットは、たとえば長尺ワークの端面を加工する場合、テーブルが主軸の下にある立形だとコラムを高くしなければなりませんが、横形ならワークの固定位置を工夫するだけで済みます。複雑な形の大物ワークを加工するのに必要な旋回径を組み込むのも横形の方が容易です。
―横形のMCはサイズが大きいというイメージがあります
天野 だからこそ、省スペースにはこだわりました。Hシリーズの横幅は、当社のスタンダード機「S500Xd1」と3mmしか変わりませんが、X軸ストロークは50mmも長くなっています。
―MおよびWシリーズの特徴や4月に出た新機種についても教えてください。
寺阪 Mシリーズは旋削加工とMC加工を1台で完結できる複合加工機です。本シリーズからは、Z軸移動量を従来モデルに比べて75mm大きくした「M300Xd1」や、当社として初となる同時5軸制御加工機能を搭載した「M300Xd1-5AX」を新たにリリースしました。Z軸移動量の増加により、電気自動車のモータハウジングのような深い加工に対応できます。また、M300Xd1-5AXは一般的な30番の5軸加工機と異なり、回転テーブルを後付けせずワンパッケージで提供している点も特徴です。
村澤 Wシリーズは、当社のMCの中で最も大きなワークを加工できる機械です。新製品の「W1000Xd2」は、Z軸移動量を従来モデルより80mm拡大し、X1,000×Y500×Z 380mmの加工エリアを実現しました。テーブル最大積載質量もプラス100kgの500kgにしたことで、今まで以上に大型の治具を搭載でき、より大型の部品加工を可能にしています。ワイドストロークだからといってコンパクトさも疎かにしません。SPEEDIOは、工作機械をそのままの形で海外に輸送する際に使われるT型コンテナに入るサイズで設計しています。機体を分解して輸出し、現地でまた組み立て直すという余分な作業、追加の作業など、「無駄な」作業を省くことができます。
―CNCタッピングセンタからSPEEDIOに至る御社のMCの歴史の中で、ターニングポイントになった機種があれば教えてください
渡邊 2008年に発売したCNCタッピングセンタ「TC-S2D」だと思います。これはCNCタッピングセンタのほぼ最後の世代で、スマートフォンやPCの筐体を削り出す用途で好評を博し、特に中国でブラザー工業の工作機械の知名度を一気に高めました。最初のCNCタッピングセンタを出した1985年から2008年までの23年間に売れた工作機械が累計5万台だったのに対し、2008年からわずか6年後の2014年に累計10万台を達成しています。
―TC-S2Dと従来製品との違いは?
渡邊 それまでのCNCタッピングセンタよりも高生産性と環境性能を強く打ち出した点が特徴です。数多く売れた分、反響が大きく、ユーザーからの声を反映することで後継機の機能強化にもつながりました。
寺阪 TC-S2Dでは熱変位補正の機能もアップさせました。従来は主軸の回転数や移動量を元にどのくらい発熱するかを予測していましたが、さらにレベルアップして、機械のどこで熱が発生しているかを鑑みた予測ができるようになりました。
高まる高精度加工ニーズ
―熱変位補正は高精度加工のために工作機械メーカー各社が力を入れている技術です。御社の製品に対しても高精度化へのニーズが高まっているのでしょうか
渡邊 そう思います。「速いのはわかった。精度はどうだ?」という、お客様の期待にどう応えるかが30番マシンのこれからの課題です。ただ、それをいかに価格を下げ提案するかが当社には求められています。
―高精度化のためでも価格アップは難しいのでしょうか
寺阪 今回のMシリーズの開発では、営業担当者から精度を上げてほしいという要望がありました。ただ、そのためのコストアップは受け入れられない、と。どう対応するかを考え、構成部品の強化や追加といったアプローチではなく、制御チームと連携し、機械にかかった負荷に対して補正するという方法で高精度化を図りました。
―ほかにはどのようなアプローチが考えられますか
天野 工作機械の精度に影響しやすいレベリングの作業に対し、当社側で作業手順や方法を決め、お客様にそれを守っていただくという方法があります。お客様の手間は少し増えますが、その代わりコストの負担はなくなります。
―最後に、これからの工作機械づくりに対する思いを聞かせてください
天野 SPEEDIOのコンセプトである高生産性、省エネ、省スペース、低コストに反するような設計をしないよう、またターゲットに最適な設計をするよう心がけています。今回、Hシリーズの開発に携わらせてもらったので、これがSPEEDIOの1つの軸になるよう努めていきたいです。
村澤 コストパフォーマンスのいい機械をつくりたいと考えています。今回担当したWシリーズでも、剛性を上げて精度を高めるのではなく機械制御との連携で精度を確保しました。産業機器部門全体の売上げを伸ばすため、ターニングセンタベースの5軸加工機など、ラインナップにまだない機械の設計にも挑戦したいです。
寺阪 当社の工作機械がレベルアップするたびに、高精度化に関わる部分の開発に携わってきました。今後もさらなる高精度加工に挑み、高精度な金型加工向けの機械にも挑戦したいと思っています。30番マシンがこれまで取り込めていなかった加工領域を取り込みたいですね。
―渡邊さんはSPEEDIOシリーズ全体を束ねる立場です。今後の展望は?
渡邊 われわれは、「この加工ならブラザーを使いたい」と言っていただける工作機械が提供できるよう努力してきました。今後は、「小型の加工機であればブラザーだね」と言っていただけるところまで進化したいと考えます。そして何よりお客様に新たな価値を提供したい。CNCタッピングセンタに始まりSPEEDIOに進化したように、工作機械の常識を覆すことができるメーカーでありたいと思います。
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