CNCを大幅刷新 進化したサーボとの組合せで新たな価値を提供
ファナックの技術が進化を続けている。2023年5月、CNCの新商品「FANUC Series 500i-A」と新たなサーボシステム「αi-Dサーボ」を発表した。IoTやデジタルツインへの対応を強化したCNCと、高速・高精度化に加えて省エネ性能を高めたサーボシステムにより新たな価値を提供する。エネルギーコストの高騰や熟練技術者の不足など製造業を取り巻く環境が変化する中、FA(工場自動化)分野での新たな提案で顧客の課題解決につなげる。1955年に富士通の中でNCの開発をスタートして以来、同社は工場の自動化を追求してきた。最新のCNCとサーボシステムにより、どのような次世代工場を目指すのか。商品開発に携わる4人の技術者に聞いた。
―5月に発表した500i-Aは、2003年にリリースした「FANUC Series 30i」以来の新商品です。CNCを刷新した背景を聞かせてください。
井出 これまでCNCの開発は、①加工性能の向上、②稼働の安定性・信頼性、③使いやすさの3点に重きを置いて進めてきました。一方、最近はエネルギーコストの高騰や熟練技術者の不足、世代交代やノウハウ継承の問題、環境負荷低減への社会的ニーズなど、製造業を取り巻く環境が変化しています。さらに、シミュレーションを中心としたデジタル技術の活用、IoTによる製造現場の見える化や効率化、ロボットによる自動化といったニーズも高まっています。そこで、従来の開発姿勢を踏襲しつつ、これらの多様なニーズに柔軟に対応できるプラットフォームとなるCNCを目指し、ハードウェアとソフトウェアを一新しました。
―今回の開発で重視した点は?また、具体的にどのような機能向上が図られたのか、まずソフトウェアの面について教えてください。
井出 カスタマイズ機能の強化です。工作機械メーカー様の要望が多様化する中、これまでもさまざまな機能を提供してきましたが、500i-Aでは各社がより独自色を出しやすい環境を整えました。まず、カスタマイズ機能強化の一環として、CNC標準画面と機械メーカー様の独自画面が共通のユーザーインターフェイスエンジンで動作する形にしました。これにより、機械メーカー様がCNC標準画面のレイアウトやパーツを利用しながら、独自画面を構築できるようになり、CNC機能と連動した独自画面の設計がより簡単になりました。また、工作機械の軸構成を自由に定義できる機能を追加しました。従来は当社が規定した軸構成の機械しか制御できませんでしたが、500i-Aは回転軸の上に直線軸を乗せるといった軸構成の機械にも対応できます。5軸加工機や複合加工機、ブレード加工などの専用機の設計も容易になります。
―ハードウェアの面ではいかがですか?
斉藤 CPUの処理能力を既存の「30i-B Plus」に対して2.7倍に高めました。これにより、加工品質の向上だけでなく、大量のデータをパソコンに呼び出して活用するといったほかの機器との通信にもCPUの性能を割けるようになります。IoTの活用が進む中、今後はサーボモータの稼働データを監視して故障を予知する予知保全にもIoTの用途が広がると予想されます。CPUの処理能力に余力をもたせることで、工作機械メーカー様のIoT機能強化に対応できるようになりました。
―新しいαi-Dサーボも同時にリリースしました。開発で重視したのは?
鴻上 工作機械のサーボシステムに求められる高速・高精度に加え、近年非常に重要となっている省エネに注力しました。加えて、小型化や制御盤内の省配線化など、工作機械メーカー様が制御盤を設計するうえでの使いやすさにも配慮しています。
―既存商品との違いを教えてください。
鴻上 省エネの面では、従来の「αi-Bサーボ」に比べてシステム全体での損失を10%削減しました。モータやアンプ、制御などサーボシステムを構成するすべての要素を見直すとともに、三相電源とサーボアンプの間に入れる「ACリアクトル」という部品も今回独自開発し、省エネを達成しています。精度の面では、サーボモータ自体の回転の滑らかさを向上させるとともに、ハイゲイン化※が可能な制御により、これまで以上に高精度な送りを実現しました。金型をはじめとする精密加工で威力を発揮することが期待できます。また、制御盤に組み込まれるサーボアンプのサイズを最大30%小型化したほか、複数軸を1ユニット化したアンプのラインアップを拡充することで、小型化のニーズに対応しています。※電気信号の増幅値(=ゲイン)をより高めること。
―新CNCはαi-Dサーボとの接続を前提に開発されたと聞いていますが、両者の組合せでどのような効果が期待できるのでしょうか。
鴻上 大きく変わったのは、CNCとサーボアンプ間の通信を大幅に高速化したことです。以前から光ファイバーケーブルを利用した「ファナックシリアルサーボバス(FSSB)」でつないでいましたが、その通信をより高速・大容量にすることで、制御周期を高速化できるほか、上下軸のブレーキ制御やサーボアンプの出力遮断など、安全上重要な信号を二重化した信号としてFSSBで送れるようになりました。
新しいデジタルツイン
―CNCに関しては、2022年1月に「CNCガイド2」というシミュレータをリリースしています。これはどんな商品ですか。
井出 パソコン上で動作するCNCのシミュレータで、もともと当社のCNCの使い方をユーザーに学んでもらうトレーニング用のツールとして開発しました。その後、「より高度な使い方をしたい」との声を受け、工作機械メーカー様での開発や加工シミュレーションにも使える形にブラッシュアップしたのがCNCガイド2です。シーケンス制御のプログラムやカスタマイズ画面をCNCに組み込む際、それらの確認をパソコン上でできるので、工作機械メーカー様にとって非常に便利なツールだと思います。
―加工シミュレーションとしての特徴は?
井出 「サーボモデル」を組み込んだ点です。これまで主流だった機械構造に基づく静的なシミュレーションに加え、当社のサーボチューニング技術をベースに生成したサーボモデルを組み込むことで、実際の機械動作に近い動きをデジタル上で再現できるようになりました。これにより、実際の加工結果をデジタル空間で予測できます。加工面を推定した結果が思わしくなかった場合、工作機械の加工モードを切り替えるなど対応のヒントにもなります。実加工の前にデジタル上で効率的にトライ&エラーができれば、材料やエネルギーの無駄も減らせる。新しいCNCとともに、新しいデジタルツイン技術をぜひ活用いただければと思います。
商品機能も開発手法も進化
―御社のCNCは2023年2月に出荷累計500万台を突破しました。そこに至るまでのCNCの歴史を説明いただけますか。
井出 当社の創立は1972年ですが、55年に富士通の中でNCの開発をスタートし、翌56年に成功したのがファナックの始まりです。その後、74年にマイクロプロセッサを搭載したコンピュータNC(=CNC)を開発、79年に汎用プロセッサを採用し、表示器を搭載したことで今のCNCの原形ができました。汎用プロセッサの採用で、コンピュータ技術のレベルアップとCNCの進化がリンクするようになったのです。
―CNC開発史の中で大きな出来事は何ですか?
井出 もちろん、NCからCNCへの進化が大きな出来事です。さらに、90年代に量産を開始した「16i」では、従来表示器とは別にあったNC本体を小型化して表示器の裏に実装しました。これが薄型CNCの始まりです。機械メーカー様のためのカスタマイズ機能も大幅に強化したのも、16iでの大きな変化でした。
―加工の精度やスピードは向上してきたのでしょうか?
井出 プロセッサの能力が上がれば、3次元形状を表す細かな線分をより高速に処理できます。その意味では、金型に代表される自由曲面をもつワークの加工は確実に速くなっていると言えます。
斉藤 NCプログラムをリアルタイムに解析するためのロジックを進化させることで、同じ形状のワークを加工する場合も、以前より速度を出せるようになっています。工作機械はNCプログラムの通りに動くわけではなく、工作機械の振動を抑制するために“急には曲がれない”個所があれば、CNCは自動で速度を下げたりしている。その速度を必要以上に下げないように、解析のロジックを日々改良しています。
―2018年に生産2,000万台を達成したサーボシステムの歴史も教えてください。
鴻上 創業時までさかのぼると、1959年に電気・油圧パルスモータを開発したのがスタートです。外乱の影響を受けにくいオープンループ方式のサーボ機構が圧倒的な支持を得ますが、オイルショックで油圧を動力源として使うことが難しくなったため、74年にDCサーボモータに全面移行しました。82年には定期的なブラシ交換が不要なACサーボモータに変わり、DCサーボモータに比べて保守性と信頼性を大幅に向上させています。さらに86年にはそれまでのアナログ制御からデジタル制御に切り替わります。ここが1つの転換点でした。
―サーボシステムやCNCの開発で変化している点は?
鴻上 開発の手法がどんどん進化しているイメージがあります。私が入社した頃は自分なりの計算結果をもとに、試作機をつくりトライ&エラーを繰り返していましたが、解析を活用した方法に置き換わりました。
間中 FEM(有限要素法)解析が進歩したことでさまざまな電磁気の解析ができるようになり、開発の効率は良くなっていると思います。モータのトルクの解析では、「ロータコア」と呼ばれる回転体とその外側にある「ステータコア」の形状により、どう磁束が流れるか、それに応じてどうトルクが変化するかを見ています。最近は、2つのコアの形状とトルクとの相関関係だけでなく、解析結果から導き出されるトルクも実機の数値に近づいてきています。一方、モータの動きの滑らかさも解析で予測できますが、実機で評価すると解析結果と異なるケースが依然としてあります。動きの滑らかさは加工面に影響するので、いかにCNCから送られてくるプログラム指令に追従した、滑らかな動きを生み出すかが今後の課題です。
斉藤 先ほど話に出たCNCシミュレータが使えるのは大きいですね。もちろん、実際の機械やモータの動きを確認しながら進めるのですが、プログラムの修正結果が“見える”という点で、開発はやりやすくなっていると感じます。
顧客に信頼される商品づくり
―CNCやサーボシステムの開発現場にいて感じることは?
鴻上 デジタル技術やIoTの活用が進むにつれ、CNCや工作機械の開発で考慮すべき技術のすそ野が広がっている感があります。
井出 機械が複雑化するスピードが速く、開発者もスピード感をもって取り組まないと乗り遅れてしまうという危機感があります。自動化の要求も強く、当社の強みであるロボットとの連携はどんどん進めています。
―最後に、商品開発において会社としてこれからも大切にしていく姿勢や考え方を聞かせてください。
鴻上 当社の商品は製造現場で使われる生産財です。したがって、CNCもサーボシステムも商品自体の信頼性を非常に重視しており、「壊れない、壊れる前に知らせる、壊れてもすぐ直せる」をスローガンに商品開発を進めています。まず商品自体を丈夫に壊れないようにつくり、壊れる前にユーザーに知らせる予知保全の機能を充実させています。万が一、壊れた場合もどこが故障しているのかがすぐにわかる故障診断のための機能を用意し、部品の交換が簡単にできる構造も採用しています。また、当社は「生涯保守」を掲げており、お客様が当社の商品を使い続ける限り保守し続ける態勢をとっています。70年代のDCサーボモータもいまだに修理できますし、ブラウン管時代のCNCを液晶モニタに交換したりもします。こうした点が、当社のCNCやサーボシステム搭載機を長く使っていただく信頼感につながっているのではないでしょうか。
井出 当社には「厳密」と「透明」という基本理念があります。ここで言う厳密とは、「手落ちがない」、「手抜きをしない」の意味であり、当社のモノづくりの姿勢を表しています。顧客ニーズが多様化して変化の早い時代だからこそ、変えてはいけない部分です。お客様の変化に迅速に対応しながらも、これまで通りの開発姿勢を守っていきたいと考えています。