6G時代の主導権握れるか…NTTが推進「IOWN」が起こす技術革新
NTTが進める次世代光通信基盤の構想「IOWN(アイオン)」を使った産業向けサービスやデバイスが具体化し始めた。IOWNの構成要素となる低遅延通信技術を用いた専用線サービスを3月に開始。光回路と電気回路の融合で大幅な省電力化と高速通信を実現する光電融合デバイスの開発も進んでいる。第5世代通信(5G)向けでは出遅れた日本の情報通信産業の切り札として、2030年ごろの6G時代の主導権をIOWNで握る構えだ。(編集委員・水嶋真人)
低遅延専用線
遠隔手術などに活用
「花火大会を遠くから見ると、空で花火が光ってしばらくしたら音が聞こえる。IOWNを使うと花火の光と同時に音が聞こえるようになる」―。NTTの川添雄彦副社長はIOWNを使った技術革新をこう例える。音速で伝わる音をIOWNにより光速で伝送できるからだ。
この技術革新を可能とするのは、IOWNの構成要素でネットワークから端末までを光で結ぶ低遅延通信技術「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」。電力効率を100倍にできる上、通信速度は毎秒100ギガビット(ギガは10億)。離れた場所への映像伝送の遅延は数ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)規模と従来の約200分の1に抑えられる。3月にAPNを用いた企業向け専用線サービスの提供を始めた。
川添副社長は「APNに興味を持った多くの顧客企業がおり、IOWNの活用法を提案いただいている」と自信を示す。
その一例がメディカロイド(神戸市中央区)の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)サージカルロボットシステム」による遠隔手術だ。医師が約500キロメートル離れた手術室からAPN経由で送られてきた患者の8K映像を見ながらヒノトリを操作し手術する実証を行ったところ「全く問題がなかった。目の前に患者がいるかのような遅延時間のない状況を作り出せた」(川添副社長)。
金融取引でもAPNの活用が期待できる。インターネットを使った株取引では札幌と東京、大阪など拠点ごとにネットワーク遅延差が生じる。APNはこの遅延差をマイクロ秒(マイクロは100万分の1)単位で調整可能。日本取引所グループ(JPX)と株取引時のネットワーク遅延差を調整して金融取引の公正性を担保する取り組みを始めた。
米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)や米グーグル、米オラクルとはAPNを用いたハイブリッドクラウド環境を検証している。チャットGPTなどの人工知能(AI)はパブリック(共有型)クラウド経由での利用が多い。だが、重要なデータを手元に置きたい企業は、オンプレミス(自社保有)環境でデータを保存している。このオンプレミス環境にあるデータベースとパブリッククラウド上のAI処理基盤をAPNでつなげることで「あたかも一つの大きなコンピューターのように使える」(同)。データを手元に保有しつつAIなどのクラウドを利用できる環境を作り出す。
川添副社長は、現実世界を仮想空間に再現する「デジタルツイン」をIOWNで進化させる将来像を持つ。現状では車や人、工場など単体でのデジタルツインがあるが、複数の事象を組み合わせなければ精密なシミュレーションはできない。金融や製薬、医療、文化・芸術、交通、教育などあらゆる分野をシミュレーションする複数のAIをIOWNにより仮想空間上で連携すれば、より精度の高い未来予測ができる。
「対話型AIの次の時代は、AIは人間でなくAIを相手にするようになる。AIとAIがコミュニケーションし始めると果てしもない進化を遂げる」―。川添副社長が予測するチャットGPTの次の時代の通信基盤をIOWNが担う青写真を描く。光電融合デバイス
量産技術確立急ぐ
APNと並ぶIOWNの“肝”が、半導体ボード(基板)間やチップ間での信号処理を電気ではなく光で行うことで大幅な高速化、省電力化を図る「光電融合デバイス」だ。同デバイスの開発・製造を担うNTTイノベーティブデバイス(横浜市神奈川区)が8月にNTTエレクトロニクスと合併して本格始動した。
すでに第1、第2世代の通信業者向け光電融合デバイスを開発している。NTTイノベーティブデバイスの塚野英博社長は「セットメーカーに部品を供給して最終製品に組み込んでもらうほか、モジュールメーカー経由で携帯通信業者などに販売する」と話す。
25年の大阪・関西万博ではデータセンターなど向けに第3世代の「光エンジン」を公開する。DSP(デジタル信号処理装置)と光回路、ファイバー・アレイ・ユニット(FAU)をパッケージ化。28年ごろには、光源となる薄膜レーザーも搭載した第4世代の投入を目指す。車載機器やパソコンなどへの採用を目指し、「圧倒的な飛躍を遂げる。売上高を早期に1000億円以上にする」(塚野社長)計画だ。
塚野社長は光電融合デバイスについて「当初は搭載対象となる情報通信機器の量が少なく、生産の自動化も進んでいないので単価が高い」とした上で、「適用先が広がれば搭載台数も数万から数億規模に広がる。情報通信機器1台当たりの光電融合デバイスの個数も数倍から数十倍になる」と指摘する。
そのためには、光導波路の設計、光軸を合わせる光調芯・検査などの量産技術の開発、ロジックICやアナログIC、シリコンフォトニクスという三つのキーデバイスをより薄く小さくすることが求められる。生産の自動化も大きなハードルとなるだけに「機械メーカーと一緒に考えたい」(同)とする。
量産化の確立に向け25年度にも試作ラインを設置する見込み。塚野社長は「例えば、光技術を用いたサブストレートを製作できる半導体関連メーカーの中に当社専用のラインを作る発想がある。当社の茨城事業所(茨城県那珂市)にラインを作る方法もある」との構想を示す。
デジタル化の進展でデータセンターの消費電力が増え続ける中、省電力化に寄与する光電融合デバイスは日本産業回復の切り札となる。あらゆるIT機器に同デバイスを搭載するためにも一刻も早い量産技術の確立が求められる。
現在、総務省や自民党でNTT法を見直す議論が行われている。同法では、NTTの研究開発成果の原則開示を求めているが、島田明NTT社長は「パートナー企業からIOWN技術などの独占的な開示を求められた際、公平な開示義務があるため、要望に応えられない」と国際競争力強化の障壁になると指摘する。政府の迅速な対応も求められる。