関東大震災から100年、防災科研理事長に聞く防災技術の進歩
海底の観測体制整備
1923年(大12)9月1日の関東大震災の発生から100年を迎えた。当時の死者・行方不明者は10万人を超え、明治以降の日本の地震としては最大の被害となった。その後も日本は津波や台風などの自然災害に襲われながらも、被害を軽減させてきた。防災に関する科学技術の研究や情報発信を担う防災科学技術研究所(防災科研)の寶馨(たから・かおる)理事長に技術進歩や研究成果について聞いた。(編集委員・松木喬)
―近年の災害の傾向、対応の変化について教えて下さい。
「1959年に発生した伊勢湾台風の死者・行方不明者は合計5000人を超えた。それ以降、インフラ中心の対策が進み、水害による死者は減ったと言っていいと思う。2018年の西日本豪雨で200人超の方が亡くなるなど被害がなくなってはいないが、水害を防ぐことにある程度、成功した。一方で1995年の阪神・淡路大震災で6000人超、2011年の東日本大震災で2万人超が亡くなった。巨大地震への対策が必要だ」
―巨大地震への警戒が高まっています。
「南海トラフ地震(南海トラフ沿いのM8―M9クラスの大地震)が30年以内に発生する確率は70―80%。予測が言われ始めてから時間が経過しても発生していないが、確率は下がっていない。むしろ5年、10年とたち、切迫性が高まっている」
―防災科研は巨大地震の被害軽減にどのような貢献をしていますか。
「N―net(南海トラフ海底地震津波観測網、用語参照)の整備を進めている。既存のDONET(地震・津波観測監視システム)も含めて海底の観測体制が整うと地震を最大30秒程度早く、津波を最大20分程度早く検知できる。また、基本的な観測網であるMOWLAS(陸海統合地震津波火山観測網)も加えると、地上と海底に約2100カ所の観測点がある。各地で観測した地震や津波のデータは地方公共団体や府省庁、研究機関、企業に提供して、防災に役立てている」
災害に強い社会に 復旧、企業・行政と連携
―観測や予測、緊急地震速報の発信で地震発生への備えが進んだと思います。それでは、地震の揺れへの対策はいかがでしょうか。
「防災科研は実大3次元震動破壊実験施設『E―ディフェンス』(用語参照)を運用している。建物がどう壊れ、どこが弱いといったデータを得られ、地震に強い建物を設計できる。ただし、人口が集中している都市部が問題だ。巨大地震が起きると電気や水道、ガスが止まり、食料に困る。帰宅困難者も大量に発生する。防災科研は災害に強い社会を実現するために“オールハザード・オールフェイズ(あらゆる自然災害を対象に、災害発生前後の全ての段階)”を総合的に考えることが大切だと言っている。予測や予防は大事だが、被災直後からの応急対応、復旧・復興も重要だ。発生直後のショックを和らげ、回復を早めるレジリエンスの向上に向けたプロジェクトにも取り組んできた」
―どのようなプロジェクトですか。
「21年末までの5年間、『首都圏レジリエンスプロジェクト』において、首都圏直下型地震への備えとして企業などと事業継続能力の向上を検討してきた。データ活用が協力の一つであり、企業や行政などが参加し、データを共有して活用する実験をしてきた」
―7月5日に国立環境研究所と協定を結んだ狙いを教えて下さい。
「国環研は気候や気象の研究者が多い。防災科研は、災害で命を落とす人を減らす研究をしている。お互いの強みを発揮することで、猛暑対策の方向性を導き出したい。熱中症によって1500人超が亡くなる年もある。水災害よりも死者数が多く、猛暑も災害と言えるようになった。まずは両者で熱中症で亡くなった人の年齢や原因などを調査したい。また、Eco―DRR(用語参照)について連携や協力をしたい。洪水対策として流域治水が言われており、Eco―DRRもその一部になると思う」
【用語】
○防災科学技術研究所=国立研究開発法人。1963年、前身の国立防災科学技術センターとして設立。
○N―net=高知県沖から日向灘の36地点をセンサーで連結し、南海トラフ地震の観測空白地帯を埋める。
○E―ディフェンス=実際の建物を振動台の置き、阪神・淡路大震災クラスの揺れを起こして破壊する実験ができる。
○Eco―DRR=生態系を活用した防災・減災。海岸林のよる津波エネルギーの減衰、湿地保全による洪水リスクの軽減など。