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アルツハイマー治療薬「レカネマブ」国内承認迫る、求められる検査・医療体制の変化

アルツハイマー治療薬「レカネマブ」国内承認迫る、求められる検査・医療体制の変化

記者会見で、レカネマブが米FDAの正式承認を受けたことについて説明する内藤エーザイCEO(7月7日)

エーザイと米バイオ医薬品大手バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病(AD)治療薬「レカネマブ」の日本での実用化が近づく。厚生労働省はレカネマブの承認の可否を審議する部会を21日に開き、その後承認となれば、早ければ11月ごろの発売も想定される。エーザイにとって悲願ともいえるレカネマブの国内承認が間近に迫る中、検査や医療体制にも、大きな変化が求められる。(安川結野)

米で先行、普及に弾み

「ADの根本病理に関わる治療薬を開発し、まず米国で適応とされる当事者に届けられるのは大きな喜びだ」―。7月、レカネマブの米食品医薬品局(FDA)からの正式承認を受け、エーザイの内藤晴夫最高経営責任者(CEO)はこう語る。

レカネマブは早期のAD型認知症患者を対象とした治療薬。現在使われている医薬品とは異なり脳内に蓄積して病気の原因になるとみられるたんぱく質「アミロイドベータ(β)」を除去する効果が期待され、臨床試験では疾患の進行を平均約3年遅らせると推定される。

同社の内藤景介常務執行役は「(正式承認取得後は)迅速承認期間と比較して投与患者数が約5倍に増加した」と説明し、米国での正式承認でより多くの患者がレカネマブによる治療を受けられる体制になったことを強調する。

エーザイは認知症領域をリードしてきた製薬企業だ。1997年に米国などで抗認知症薬「アリセプト」を発売し、日本でも99年から使われている。さらに、臨床における認知症治療の知見などを強みに開発を続け、世界で初めて病気の原因に働きかける医薬品としてレカネマブの実用化にこぎ着けた。

米国でいち早く実用化したレカネマブだが、今後は競争も予想される。米製薬大手のイーライリリーは7月、開発中のAD治療薬「ドナネマブ」についてFDAに承認申請を行った。ドナネマブは、早期ADを対象とした第3相臨床試験で病気の進行のリスクを低下させる結果が出ており、レカネマブに続くADの根本に働きかける医薬品として新たな選択肢となる可能性がある。

ただエーザイの橋本俊秀ディレクターは「これまでの臨床試験などで研究開発陣が脈々と築いてきた関係がある」と自信を示す。専門医とのコミュニケーションをとってきたこともあり、米国においても活動基盤ができていた。レカネマブの処方や投与体制を構築し、2023年度の米国における患者1万人への投与を達成するという目標に向け、順調に進んでいるという。

適正な診断・検査、医療体制整備が不可欠に

レカネマブは米国での正式承認に続き、日本での実用化の期待も高まる。厚労省による21日の審議を経て承認を取得して薬価収載されれば、早ければ11月ごろの発売も想定される。

日本での実用化に期待がかかるレカネマブ(エーザイ提供)

日本での普及には、医療体制の整備も重要だ。大阪大学大学院の村山繁雄特任教授は、「これまで治療法がなかったADについて、症状の進行を遅らせることができるというのは患者にとって大きな福音となる」としつつ「医師が誰でも処方できる薬ではなない」との見方を示す。

課題の一つは副作用だ。レカネマブは、その作用機序により治療の初期にアミロイド関連画像異常(ARIA)と呼ばれる有害事象が起きることがある。ARIAとは脳内で一時的な浮腫や一部では出血が起きるもので、無症候の場合もあるが、頭痛やめまいなどを引き起こす。重篤な事象が発生することはほとんどないとされるも、中には致死的なものも含まれる。治験ではアミロイド血管症からの脳出血の報告もあり、また心疾患の治療に使われる抗凝固剤との相互作用についても、検討が必要だ。

安全性のため、レカネマブは投与開始時と投与後決められた間隔で磁気共鳴断層撮影装置(MRI)検査を実施し、ARIAの発生の観察することになっている。村山特任教授は「認知症が適正に診断できることに加え、MRI検査でARIAを見ることができる施設となると、総合病院など地域の基幹病院での使用が中心になるだろう」と説明する。

また、診断に必要な検査体制の準備も重要だ。レカネマブが投与できる基準として患者の脳内にアミロイドβ蓄積があることが設けられており、これを調べるには脳脊髄液検査(CSF検査)かアミロイド陽電子放射断層撮影(PET)検査が必要になる。しかし現在、レカネマブの投与対象となる患者が保険適応で受けられる検査はない状況だ。そのためアミロイドPET検査に使うイメージング剤について一部変更承認申請が行われている。

さらにアミロイドPET検査を行い診断するには、医療機関が学会からの認定を受ける必要もある。村山特任教授は「認定には読影や技師のトレーニングが必要で、そうした体制を持つのは大阪では日本生命病院などごく少数の施設に限られる」と説明する。レカネマブでの治療を期待する患者に対して、十分な検査ができる体制も重要となりそうだ。

薬価、革新性の評価カギ 世界売上高、30年度1兆円規模

日本での実用化にあたって注目されているのが薬価だ。米国のレカネマブの卸売価格は患者1人当たり年間2万6500ドル(約375万円)程度。日本では厚労省が薬価算定制度に基づいて価格を設定するが日本でも高額となることが予想され、医療費増加の進行が懸念される。

一方でADの進行抑制効果は介護費用の削減につながるという見方もできる。こうした社会的な価値を踏まえ、内藤CEOは「バリュー・ベースド・プライシング(価値に基づく価格設定)の考え方をすれば、米国と同様の価値論や価格論議は展開できる」と強調する。医薬品の革新性をどこまで評価し、薬価をつけるかにも注目が集まっている。

エーザイによるとAD患者数は32年には世界で約2億4000万人に上るとされる。世界的に進む高齢化に伴い、レカネマブによる治療ニーズも大きくなると予想され、30年度には世界で売上高1兆円規模の大型薬に成長すると見込んでいる。

一方、アミロイドβの蓄積などの投与基準を満たしレカネマブの投与対象となる患者は全体の約1%程度にとどまるという。イーライリリーのドナネマブが新たな選択肢として加わったとしても、全ての患者が治療の対象となるわけではないのがAD治療の現状だ。

レカネマブをはじめ、病気の原因に働きかける医薬品の実用化はAD治療の転換点となる。こうした医薬品を患者に適切に届ける体制を構築つつ、より多くの患者が治療できるよう新たな選択肢の開発も求められる。

日刊工業新聞 2023年08月18日

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