「炎の中に石油」…生成AIが押し上げるIT需要、急がれるデータ取引市場整備
デジタル変革(DX)の機運に伴って高まるIT需要を、生成人工知能(AI)が押し上げている。その勢いは「炎の中に石油を注いだよう」との声が上がるほどだ。原動力はデータが生み出す価値であり、炎に注がれる石油とはデータに他ならない。だがデータは多種多様で、石油のようなサプライチェーン(供給網)や売買制度は整っていない。課題解決に向けて、データ流通を促進する「データ取引市場」の整備が急がれる。(編集委員・斉藤実)
G7で国際的枠組み創設
スマートシティー(次世代環境都市)の推進やカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)対策でもデータ活用は欠かせない。これを推進するデータ流通について、さまざまな取り組みがなされてきた。直近では5月に広島市で開かれた先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)で「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT=データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)」が議題に上り、国境を越えたデータ流通を円滑化する国際的な枠組みの創設が決まった。
もとよりデータ流通は国内では10年以上の実績があり、公共データを民間公開して2次利用を促すオープンデータが浸透しつつある。2011年の東日本大震災の際に震災で通行止めとなった道路を検索できるサービス「通れたマップ」などでオープンデータの有用性が証明されたこともあり、取り組みは全国に拡大。オープンデータを利活用できるアプリケーションも続々と登場し、「コード・フォー・ジャパン」と呼ばれる市民活動と相まって、データ流通の機運が高まった。
すでに1000以上の自治体がオープンデータを推進しているが、データ流通という観点では新産業を生み出すような大きなうねりにまでは至っていない。超スマート社会「ソサエティー5・0」の実現に向けて、いま問われているのは有料・無料の多種多様なデータを扱うオープンな取引市場だ。オープンデータの普及を含め、データ流通の重要性を提唱する東京大学大学院の越塚登教授は「次の段階として、データに値段を付けて売り買いする枠組みや制度が必要だ」と指摘する。
担保価値付与の環境必要
IoT(モノのインターネット)も含めてインターネット上に膨大なデータが飛び交う中、ビッグデータ(大量データ)の活用が国や企業の競争力を左右する時代を迎えている。
だが、越塚教授は「データの価値はまだ社会的に認知されていない。データ流通も、私から見ると始まってもいない」と俯瞰(ふかん)する。
データは“21世紀の石油”と称されるが、不動産やモノのような担保価値はない。「重要なデータをたくさん集めても、それを担保に借金はできない。そのような状況で、データに値段を付けて広く流通させるのは難しい」と越塚教授は語る。
データ流通をめぐる課題は「鶏が先か、卵が先か」の議論に通じる。データに担保価値を持たせるには、すぐに現金化できる環境を整えることが必要。言い換えれば、売買できる環境が整備されていなければ、重要なデータでもその価値を担保することは難しい。結果、データ取引市場は立ち上がらない。逆にデータの取引市場が身近にあり、すぐに売買できれば担保価値も生まれ、流通しやすくなる。
データ流通の現状として、重要データが業者間で相対取引されることはある。災害や防災データの買い手としては保険会社の名前が挙がる。電車の乗り換え案内もオープンデータだけでは作れず、購入した有料データを混在した形で運用している。またオープンデータとは異なるが、不動産登記のデータはすでに取引市場があり、活況だ。
取引の際はデータファイルを丸ごとやりとりするケースもあるが、通常は購入者が期間や地点、属性などを指定し、値段が決まった上で売買が成立する。こうした仕組みが自治体はもとより商業ベースでも多数広がることで、データ流通の次の展開が見えてくる。