脳とコンピューターつなぐ…東工大が挑む「脳波から音声再現」
脳をコンピューターにつなぐ「ブレーン・コンピューター・インターフェース」(BCI)は伸展著しい話題の研究分野だ。特に体を傷つけない非侵襲型は応用への期待も高い。東京工業大学情報理工学院の吉村奈津江教授は、脳波や磁気共鳴断層撮影装置(MRI)で得た脳活動の信号を、人工知能(AI)などで解読。難聴や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの機能低下の解明につなげようしている。(編集委員・山本佳世子)
ヒトが考えた事柄を外部から把握してコンピューター指示につなげるBCIや、さらに機械を思い通りに動かす「ブレーン・マシン・インターフェース」(BMI)は、少し前まで夢物語だった。しかし近年は感情や発話、運動などの脳の活動の信号を読み取り、コンピューター処理する技術が進んでいる。
中でも手は、制御に関わる脳の活動部位が判明している。そのため手首の筋肉信号をキャッチして動作をサポートするパワーアシストロボットなどの開発が進む。ヒトの脳に電極を埋め込んで機器を操作することも、米国の起業家、イーロン・マスク氏のスタートアップなどにより現実になりつつある。
東工大の吉村教授らは非侵襲で、ヒトが考えた音声を再現する技術を開発している。頭皮に付けた電極で「ア」「イ」を聞いたり、思い浮かべた時の脳波信号をキャッチ。音源パラメーターをAIで推定、復元した音を聞くと約8割で適切に認識できた。病気の治療につなげるためにも「脳のどの部分での処理が問題なのか、明らかにしていきたい」と吉村教授は強調する。
ALSは脳の神経(運動ニューロン)の異常で筋肉が動かなくなる難病だ。家族などとのコミュニケーションのため、症状が進んでも「はい」「いいえ」の意思表示は可能にしておきたい。
吉村教授らが注目したのは病院の検査でも使われる「前庭電気刺激」だ。耳の後ろに小さな電極を貼り付け、微弱な電流を流し、脳の前庭器官に平衡感覚の歪みが発生した時と同様の作用を作り出す。すると、本人の意思と関係なく身体が傾くのだという。
これを導入し、さらに「パブロフの犬」で知られる古典的条件付けを行った。認知的な思考と無条件に起こる身体反応を関連づけるのだ。
具体的には「はい」なら電気刺激によって右耳側へ、「いいえ」なら左耳側へ頭が傾くように訓練し、傾きの感覚を体に覚えさせる。その後、電気刺激なしに切り替えても、本人の「はい」「いいえ」に対応した傾きが起こるようにした。
実際に電気刺激なしで計測した脳波から「はい」「いいえ」を判別する精度が約8割となることを明らかにした。この時には脳の感覚領域が反応していることをf(機能性)MRIでも確認。電気刺激の感覚が体にしっかりインプットされていることを確かめた。