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時間との闘い…脱炭素の切り札「CO2回収・貯留」事業化を急げ

時間との闘い…脱炭素の切り札「CO2回収・貯留」事業化を急げ

北海道苫小牧市で大規模実証を行ったCCS設備(日本CCS調査提供)

国の二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)に向けた戦略が2023年度に始動する。削減しきれないCO2を埋める場所の選定や地中の掘削を進めて、30年までの事業化を目指す。エネルギーや商社、重工大手などによる企業連合が参入する方針を打ち出しており、カーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)の最終手段として期待は大きい。一方でコスト負担が重く、参入事業者の収益モデルの構築が課題だ。(孝志勇輔)

経産省、法改正で支援 投資計画“猶予あと3年”

経済産業省は3月、CCSの事業化に関するロードマップを公表した。カーボンニュートラルを目指す50年に想定するCO2の貯留量は年間約1億2000万―2億4000万トン。現在の排出量の約1―2割に相当する。30年にCCSを開始した場合、その後の20年間で年約600万―1200万トンずつ増やしていく計算だ。製鉄やセメント、化学など排出削減が難しい産業からのCO2回収を見込む。

経産省のシナリオを具体化するには、貯留に適した場所の確保が必要だ。これまでの調査では11地点に合計160億トン分を埋められると推定されている。ただ、地質構造調査の豊富な知見を持つエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によると「(枯渇した)油ガス田を大規模なCCSに生かせる海外に対し、日本は貯留の規模が小さい」(エネルギー事業本部)という。事業化した場合の経済性の把握も欠かせない。

そこで経産省は関連法を改正し、JOGMECがCCSの事業化を支援できるようにした。石油・天然ガスの地質構造調査のノウハウも生かしながら、貯留が想定される場所の調査を進める。「砂岩や泥岩が分布している地層が適している」(同)とみている。さらにCCS事業への出資や債務保証を通じて、資金面のリスクを軽減する。

経産省もCO2の分離・回収から、輸送、貯留までの一連のインフラ整備を集中的に支援する。「それぞれの作業でモデルケースとなるプロジェクトを後押しする」(資源エネルギー庁)方針。回収先や輸送方法、貯留場所の組み合わせが異なる3―5件を選定する見込みだ。

三菱重工が手がけている液化CO2輸送の実証試験船(イメージ)

一方で事業化は“時間との闘い”となる。30年から逆算すると、CCS事業者は26年には掘削などに必要な投資計画を決定する必要がある。そのため貯留場所の選定や試掘、貯留量の評価にかけられる期間はあと3年ほどしかない。石油鉱業連盟や電気事業連合会などは事業環境の整備を促進するよう求める緊急提言を出した。

CCSへの参入を促すにはルール整備も求められる。政府は次の国会に新法を提出する見通し。CCSが石油や天然ガス事業と共通する点が多いことから、鉱業法制をベースにしながら法制化する。貯留に関わる権利を定めるほか、保安体制の構築を求めることを想定する。またCCS事業者が持つ責任の範囲も明確化する。「事業上のリスクや安全性に配慮する」(西村康稔経済産業相)方針だ。

コスト低減、普及のカギ

海外でもCCSを取り巻く状況は大きく変わっている。以前までは実用化に懐疑的な見方が出ていたが、各国政府は大規模な支援にかじを切った。

米国の場合、貯留量1トン当たりの税額控除の拡充などを打ち出した。世界最大のCO2排出国である中国もCCSの推進に転換している。

CCSを実用化し、製鉄やセメント、化学などCO2排出削減が難しい産業からの回収を見込む(イメージ=ブルームバーグ)

世界ではすでに200件近くの大規模プロジェクトが予定されているという。今後、“CCSブーム”が到来すれば、貯留場所の争奪さえ起こる可能性もある。CCSをめぐる活発な動きに日本も乗り遅れるわけにはいかない。

そのためにはコスト低減に寄与する技術開発が必要だ。経産省のロードマップには50年に、分離・回収コストを23年比で4分の1以下、貯留コストは同8割以下に減らすことを明記。達成のために技術開発の指針を策定し、研究や実証を加速させる方針だ。CCSが普及するかどうかのカギとなる。

今のところCCSのビジネスモデルは見通しにくい。事業化にこぎつけるまでは国の補助金などの後押しを受けられる見込みだが、参入事業者にとっては収益性を担保する仕掛けが欠かせない。CO2の排出削減量を取引する「カーボンクレジット」は対応策の一つとなり得る。

CCSはカーボンニュートラルの切り札だが、参入を促進するには、国のさらなる支援策も必要になってきそうだ。

4企業連合、参入を表明 船舶利用も視野

経産省がロードマップを策定したのと合わせて、四つの企業連合が事業化の検討を相次いで表明した。このうち伊藤忠商事三菱重工業、INPEX、大成建設の4社は、船舶を利用したCCSを視野に入れるほか、貯留候補地の選定も進める。

この連合のカギを握るのは三菱重工だろう。回収したCO2の海上輸送を見越して、グループ会社が造船技術を生かした液化CO2運搬船の開発を先行して開始し、実証試験船も手がけている。またCO2回収プラントも世界14カ所に納入した実績を持つ。泉沢清次社長は「(CCSにおける)仲間作りを進めており、取り組みが具体化してくるとビジネスにつながる」と期待する。

JX石油開発とENEOS、Jパワーの3社は新会社を都内に設立、貯留候補地を選定するための探査や評価などを進める方針。自治体や地域住民の理解を得ながら、30年にCO2の圧入を始めることを目指す。

これまで日本でのCCSの実用化を目指す動きは限定的だった。大規模な実証は北海道苫小牧市でしか行われておらず、インフラ整備のノウハウを高める必要がある。

CCSをめぐっては海外企業も技術開発や実証を加速させる見込み。CO2の分離・回収から輸送・貯留までを早期に実現するには、業界の枠を超えた企業の連携が求められそうだ。

日刊工業新聞 2023年04月11日

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