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自動運転開発用シミュレーターで起業、SIPから事業会社が生まれた意味

自動運転開発用シミュレーターで起業、SIPから事業会社が生まれた意味

リアルの逆光シーン(V-Drive提供)

仮想空間で安全性評価

内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)から自動運転や先進運転支援システム(ADAS)向けの安全性評価シミュレーターのベンチャーが起業した。事業化することで持続的に技術を提供する体制を整えた。仮想空間にあらゆる交通環境を再現し定量的に安全性を計る。安全は脱炭素や生物多様性のように価値観にまでさかのぼって組み立てられる。計って設計するための技術になる。(小寺貴之)

「自動運転は“安全”が最優先。安全は進化し続けないといけない。事業化することで継続的に技術を提供する宣言になる」とSIPの葛巻清吾プログラムディレクター(PD)・トヨタ自動車フェローは説明する。センサーシミュレーションをBIPROGY(旧日本ユニシス)子会社の「V―Drive Technologies」が事業化した。日本ではほぼすべての完成車メーカーが試して効果検証を重ねている。

シミュレーターでは電磁波や光の反射や透過などの物理現象を正確に再現した。SUBARU(スバル)との共同研究ではシミュレーション生成画像とリアル画像を学習させた人工知能(AI)モデルの認識率が一致することを確かめた。マツダと古河電気工業などとの共同研究ではミリ波レーダーの検証を重ね、首都高での実測と全体傾向が一致することが確かめられた。

シミュレーションの逆光シーン(V-Drive提供)

従来の自動車開発ではセンサーが周囲をどう見ているか、SIPほどの精緻な評価はしていなかった。V―Driveの宮地寿昌社長は「開発計画に新しい工程を加えることになる」と説明する。サプライヤーを巻き込んだ工程設計を進める。

シミュレーターでは実際に車両を走らせなくともデータを収集できる利点がある。従来は何百キロメートルもの試験走行を重ねてきたが効率化できる。葛巻PDは「負荷が10分の1以下になる。公道ではできない状況も検証できる」と説明する。

車が周囲をどう認知しているか検証できるようになり、次はどう判断したかの検証に展開する。神奈川工科大学の井上秀雄特任教授は「交通シナリオ評価を加えることで、自動運転の安全性を検証できる」と説明する。経済産業省のプロジェクトで日本自動車研究所や日本自動車工業会がシナリオ構築を進めてきた。これをシミュレーターで評価する。

自動運転レベル3のホンダ「レジェンド」(2021年10月のSIP試乗会で撮影)

自動運転の開発を巡って、自動車各社はどこまで安全なら製品として世に出せるのか逡巡してきた。米国のベンチャーのように利便性と一緒にリスクも提示して世に問うことはできないためだ。シミュレーターではリスクを世に出さず、仮想空間の中で定量評価し、つぶし込める。

自動車が存在する限り交通事故のリスクはゼロにはならない。だからこそ弛まず安全を追究する必要がある。その評価基盤を握られると影響は計り知れない。葛巻PDは「本番はこれから。国際標準化や普及を進めたい」という。世界に広がるか注目される。

日刊工業新聞 2023年03月27日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
SIPの発足当初、葛巻PDはこのままだと失敗すると確信したそうです。各省のITS関係の研究プジェクトの寄せ集めになっていて、自動運転には関わるテーマではあってもバラバラに向いていました。それぞれがSIPの予算だけで実用化・普及させられるようなテーマではありませんでした。自分も取材でそう聞いたし、葛巻PDも内心そう思ってたのかとSIPが終わってから知りました。そんな状況でも動的立体地図を作るダイナミックマッププラットフォームは創業したし、安全評価シミュレーションのV-Driveも創業しました。これらはバラバラプロジェクトの中で、葛巻PDがなんとかやらせてくれとお願いして入れてもらえたテーマでした。二社がユニコーンを目指すかはおいといて、事業会社化することで自動車各社は持続的に技術提供を受けられるようになりました。自動運転に限らず、SIP第一期と第二期では最初の1年は実質FSに当てられていたそうです。この反省からSIP第三期では先に1年間のFSをやっています。出口としての事業会社化は増えると思います。

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