空気からアミノ酸抽出!?、「多孔性配位高分子」研究の最先端
空気からアミノ酸抽出!?
無数の小さな孔に物質を吸着させ、孔を気体や液体が通過して複数の物質を分ける仕組みを多孔質材料は持つ。この材料のなかで「多孔性配位高分子(PCP)」は、圧倒的な表面積を持つことから貯蔵性能が極めて高い。京都大学の北川進特別教授らの研究チームはこの分野のパイオニアで、多孔質材料による分離・貯蔵技術の研究に“風穴”を開けた。PCPの発表から20年以上経過し、世界各国で開発と社会実装が進む。(大阪・石宮由紀子)
物質を分離する多孔性材料で代表的なものは、浄水などで使われる活性炭やゼオライトが挙げられる。一方PCPは金属イオンと有機配位子が結合した錯体で、それを繰り返した構造を持つ。有機配位子を含んだ溶液と、金属イオンを含んだ溶液を混ぜることで簡便に作製できる。ゼオライトで見ると、加熱して作製する必要があるため構造の制御が難しい。室温で処理ができるのもPCPのメリットのひとつ。
活性炭やゼオライトとの比較で、最も大きな強みとなるのが表面積が圧倒的に大きいことだ。PCPが1グラム当たり4000―7000平方メートルに対し、活性炭同2500平方メートル未満、ゼオライト同400―500平方メートル。表面積の大きさと物質を吸着する量は比例するため、PCPの貯蔵性能は高いと言える。
研究チームの直近の成果としては22年、水と原子炉の減速材などで使用される重水を分離する技術を開発した。細孔間をつなぐ部位にゲートとなる分子を新たに設計し、捕捉される分子の拡散を制御した。この技術を活用することで分離係数は212になり、複雑な工程を省略しながら純度の高い重水の精製が可能になるとみている。
今ではPCPの大家となった北川特別教授だが、京大大学院在籍時は量子化学を研究する米沢貞次郎教授に師事。修了後は京大を飛び出し1979年、近畿大学で助手に採用された。これを機に錯体化学の研究にシフト。80年代末に配位高分子の合成を始め、97年に多孔性構造を持つPCPの開発を発表した。多様な利点がPCPにある一方で、生産コストがかさむのが課題だった。「1グラム当たり20万―30万円かかっていた」(北川特別教授)という。
この高い価格がネックとなり当時、国内メーカーから声がかかることはなかった。ドイツの大手化学メーカーが2000年、安価な配位子を使った製造方法を確立。コストを抑えて、天然ガス貯蔵タンクを製造した。この後、世界で28社以上がPCPを手がけるようになった。2社は国内企業でそのうちのひとつ、アトミス(京都市上京区)の科学顧問を北川特別教授が務めている。
北川特別教授の頭の中には、空気から生物のエネルギー源となるアミノ酸を取り出す構想もある。「空気は目に見えないゴールドだ」(北川特別教授)という。空気の化学式を見ると、アミノ酸を構成する分子が含まれている。これら分子を分離したうえで、うまく変換できれば良いという考え。北川特別教授は「(浮世離れした生き方を例えることわざの)“霞を食う”ことが実現できるのでは」と話す。