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人手不足が深刻化、物流課題にデジタルの“メス”入れるスタートアップの大義

人手不足が深刻化、物流課題にデジタルの“メス”入れるスタートアップの大義

運ぶリソースが逼迫し、生活に直接打撃を与える物流危機が現実味を帯びる(イメージ)

生産性の低さが問題となっている物流業界。そこにデジタルというメスで切り込むスタートアップがある。Hacobu(ハコブ、東京都港区、佐々木太郎社長)だ。物流に関するビッグデータ(大量データ)を収集し、現場の課題解決にとどまらず、企業全体、そして社会全体のサプライチェーン(供給網)を効率化する構想を描く。アスクルや豊田通商三井不動産などと資本業務提携し、変化の波紋は広がる。物流業界を変革する大きなうねりへと発展させられるか。(後藤信之)

物流拠点や工場に連なるトラックの行列。荷物の積卸し作業の順番待ちで、物流現場ではお馴染みの光景だ。荷待ち時間は、運行1回当たりの平均で1時間45分。あるトラックドライバーは「業界の慣習みたいなもの。無駄な時間だが、仕方ない」とため息をつく。

そんな光景に、ハコブのトラック予約受付アプリケーション「ムーボ・バース」が、変化をもたらしている。メーカーや卸が、物流拠点に対し「いつ、何を届けるか」などを登録し、それを基に物流拠点が受け付け時間や場所を指定する。トラックが特定時間帯に集中することを回避でき、荷待ち時間短縮につながる。バースを導入したアスクルは従来の平均42分を同12分まで短縮できた。

企業間物流はメーカー、卸、小売りなどの複数の拠点が関係する。さらに元請けの大手物流会社の下に、下請けの中小運送会社が連なる複雑な構造。一方、現場は紙や電話がいまだ幅をきかせる。ハコブの佐々木社長は「非効率がまかり通っている」と言い切る。

実際、トラック1台当たりの平均積載率が40%程度にとどまるなど無駄が随所にある。シワ寄せはドライバーに向かい、全産業平均と比べ労働時間は約2割長い一方、年収は5―10%程度低い水準にあり、人材不足が深刻化する。2024年度には法律で時間外労働の上限が年間960時間に規制される。運ぶリソースが逼迫(ひっぱく)し、「スーパーにモノを運べない」といった生活に直結する物流危機が現実味を帯びる。

予約受付アプリなど利用3万カ所に 目的はビッグデータ構築

ハコブは物流課題解決に役立つアプリを「ムーボ」ブランドで計4つ展開する

こうした企業間物流の問題に対し、佐々木社長が15年に創業したハコブはデジタル技術で切り込む。物流課題解決アプリをバースのほかに、トラック動態管理「フリート」など計四つ用意し、「ムーボ」ブランドとして一つのプラットフォーム(基盤)上で展開する。物流業界では、まだ珍しいというSaaS(サービスとしてのソフトウエア)型で提供し、アプリには継続的に先端機能を盛り込む。

現在、アサヒ飲料や花王、ビックカメラなど主に日用品や食品関連企業と契約し、バースアプリを利用する事業所は計約1万カ所、ドライバーは42万人に上る。今後は自動車や化学関連への営業を積極化し、25年度には利用事業所を3万カ所に引き上げたい考え。同年度に売上高は25億円(現在は非公開)と高い成長を目指す。

ただ佐々木社長は「アプリは手段であって目的ではない」と断言する。視線の先にあるのは物流ビッグデータの構築だ。

アプリが物流現場の課題解決に利用されるとプラットフォーム上に「どこからどこに、誰が何時、どんなモノを、どんなふうに運んでいるのか」というデータが集まる。これがサプライチェーンを構成する多くのステークホルダーに広がり、ビッグデータとなれば物流が可視化される。

別々の会社が、同じ倉庫に向けてトラックを日々走らせている。積載率はそれぞれ40%―。「『それならまとめて共同配送した方が効率的だよね』といったことが簡単に分かってくる」と佐々木社長は説き、「プラットフォームにいる関係者が、データを分析し効率化を図れるようになる」と力を込める。

ハコブは三つの段階に分けてデータによる物流変革を目指す。第1はビッグデータの土台を固める段階で、アプリ利用事業所3万カ所の達成が当面のマイルストーン。次は企業が物流を起点とした経営効率化を図れるようにする段階。そして第3段階で社会全体のサプライチェーンを効率化する絵を描く。同社のようにアプリ発で物流ビッグデータの構築を目指す企業は「恐らく他にない」(佐々木社長)と認識しており、開拓者として道を開く。

物流軽視…経営者の意識問題 事業に大義、「巻き込む力」発揮できるか

ハコブの事業には「大義がある」と佐々木社長は力を込める

ただ行く先は平坦ではない。特に「大きな問題」(同)となっているのは、経営者の物流部門に対する意識だ。単なるコストセンターと認識され、重要経営課題に位置付けられることはまれ。経営リソースを投じて物流を変革し競争力を高めるという発想に乏しい。投資余力の問題もありデジタル化の速度が遅い中小まで含めて経営者の意識が変わっていかなければ、ムーボアプリをスムーズに浸透させていくのは難しい。

それでも光は差している。物流ビッグデータが成長してくれば「経営者への説得力が変わってくる」(同)。これまでは「問題を定性的な情報でしか伝えられなかった」(同)が、データに基づくファクトを用いた提案が可能になってきたという。

政策も追い風だ。政府は物流の効率化や労働環境改善に向け、荷主企業や物流会社を対象とした「ホワイト物流」運動を推進し、経営者に意識変革を促す。佐々木社長は「すでにイノベータータイプの経営者は、物流が競争力向上の肝だととらえはじめた」と手応えを感じている。

佐々木社長が「巻き込む力」をどう発揮していくかも注目点だ。ハコブにはベンチャーキャピタルのほか、豊田通商、野村不動産グループ、日野自動車、三井不動産など多くの事業会社が出資する。他社を巻き込んでいく経営の根底には、佐々木社長の起業家として姿勢がある。

佐々木社長はアクセンチュアなどでの勤務を経て起業した。ハコブは実は3社目。それまでの2社は「『あったらいいな』を提供する企業」だったが、ハコブが作り出そうとしているのは、社会の骨格となり得るデジタル物流インフラであり「そこには大義がある。これこそが、『自分がやるべき事業だ!』と感じた」と佐々木社長は力を込める。

出資を受け入れれば佐々木社長が保有する株の価値は希薄化するが、「会社経営をやりたいわけじゃない」と意に介さない。「インフラを完成させるには既存事業者との協業が不可欠。『一緒にやろう』と思ってくれる企業は参加してほしい」と呼びかける。

各経営者の物流に対する意識変化に、佐々木社長の巻き込む力がかみ合っていけば、大義を胸に描く物流変革の実現はぐっと近づく。

日刊工業新聞 2022年12月19日

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