執務室に“2匹のカエル”描いたのれん、サノヤスHD会長の経営哲学
原点に「還り」 仕組み「変える」
サノヤスホールディングス(HD)の上田孝会長の執務室には向かい合う2匹のカエルを描いた特徴的なのれんがつり下がっている。原点回帰の「還る」と変革の「変える」をなぞらえた上田会長オリジナルの構図であり、自身の経営スタイルを現している。
2020年11月、サノヤスHDは新来島どっく(愛媛県今治市)に造船事業を譲渡すると発表した。韓国、中国との競争が激しさを増す中、「変わり続けなければ取り残され、存在できなくなる」との危機感を背に、社長(当時)として祖業を売却するという苦渋の決断を下した。
手は打ってきた。レジャーや産業機械など多角的な事業ポートフォリオを指向しつつ、造船、非造船の「二つのコアビジネス」を展開することで難局の打開を図った。改革の方向性は正しかったが、新型コロナが造船不況に追い打ちをかけ、液化天然ガス(LNG)や水素など次世代燃料の技術開発も急務になっていた。
新来島どっく傘下で造船事業の一段の成長を期すると同時に、オールジャパンで海事クラスターを再興すべきだという「業界再編へのメッセージ」も込め、祖業に別れを告げた。
三井住友銀行出身の上田会長は09年にサノヤス社長に就任して以降、持ち株会社化など経営改革に手腕を発揮してきた。常に“人”を中心として次の一手を考えてきたのが上田経営の本質だ。
外航商船を主体とする造船は世界単一市場で勝負する生粋のグローバル産業。営業から引き渡しまで長期にわたり船主と造船所が濃密な時間を過ごす。円滑に仕事を進める人間力や国際感覚が問われる。
「造船の原点に立ち返り、人に投資していかねばならない」と、“2匹のカエル”を合い言葉に、30代の社員を部長に抜擢するなどの人事改革や大胆な設備投資に着手。機会を捉えて現場を視察し、社員とも杯を交かわすなど、風通しの良い組織風土をつくり、推進力に変えた。
実は上田会長が社長就任当時のサノヤスは典型的な上意下達の組織で「トップが100のメッセージを出しても社員には10しか伝わらなかった」という。
「不透明・不確実・不安定な時代を生き抜くには変革が必要だ」―。21年2月、社長として社員へ送った最後のメッセージには祖業への激励の言葉がつづられている。その思いは、新生サノヤスHDにも息づいている。(大阪・大川藍)
【略歴】うえだ・たかし 75年(昭50)神戸大経済卒、同年住友銀行(現三井住友銀行)入行。05年常務執行役員大阪本店営業本部長。09年サノヤス・ヒシノ明昌(現サノヤスHD)社長、11年サノヤスHD社長、21年会長。兵庫県出身、70歳。