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スパコンは“エクサ”時代に突入した、今後の頂上決戦の動向は?

スパコンは“エクサ”時代に突入した、今後の頂上決戦の動向は?

世界最速の座を射止めたスパコン「フロンティア」

エクサ(100京)時代が本格到来―。「トップ500」と呼ぶ、世界最速を競うスーパーコンピューターのランキングの1位は、現在、米ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)が米オークリッジ国立研究所に納入した「Frontier(フロンティア)」だ。6月に世界で初めてエクサの壁を突破し、米国勢として2年ぶりに1位に返り咲いた。世界最速の演算性能を達成したフロンティア開発の背景とスパコンをめぐる今後の動向を探る。(編集委員・斉藤実)

プロセッサー協調、演算向上

トップ500は半年ごとに年2回公表される。最新のランキング(6月時点)以前は、理化学研究所と富士通が共同開発した「富岳」が世界最速マシンの座にあった。

コンピューターの計算性能は、浮動小数点演算を毎秒何回できるかを示す「フロップス(FLOPS)」という単位を用いる。トップ500でのベンチマーク(性能評価)によると、富岳は442ペタ(ペタは1000兆)フロップス。言い換えれば0・442エクサとなるが、論理上の性能は1エクサフロップスを超えており、アーキテクチャー(設計概念)からみてエクサマシンと定義される。

フロンティアは1・102エクサフロップス(110京2000兆回の浮動小数点演算能力)を達成し、名実ともにエクサスケール(100京回単位)時代の幕開けを告げた。

「未踏の世界に到達するには複雑に絡み合ういくつもの壁があり、そこをどう乗り越えるかがカギとなる」。HPEの日本法人、日本ヒューレット・パッカード(東京都江東区)で高性能コンピューティング(HPC)や人工知能(AI)などの事業を統括する根岸史季執行役員は、フロンティアの開発についてこう語る。

フロンティアに実装されたCPUボード(左)と、GPUを中核とするアクセラレーター

フロンティアの頭脳を担うのは米AMD製の中央演算処理装置(CPU)「EPYC」と、画像処理半導体(GPU)を中核とするアクセラレーター「Instinct250X」。CPU数は9408個、アクセラレーターはその4倍の3万7632個。合わせて4万7040個(回路数は計873万112個)のプロセッサー群が協調して動き、エクサスケールの膨大な演算処理を行う。

「実行性能や電力効率はプロセッサーが担う役割が大きいが、それらを数多く並べたてただけでは、エクサスケールは実現できない」。日本ヒューレット・パッカードの根岸執行役員はプラスアルファの要素として、プロセッサー同士を結ぶインターコネクト技術が果たす役割を「コンサートの指揮者」に例えて解説する。

フロンティアではCPUやアクセラレーターが演奏者となり、指揮者が振るタクト(指揮棒)を見ながら演奏(演算)する。ただ、演算処理の場合、指揮者の動きを一方通行で見ているわけではなく、各自の状況を指揮者に逐次フィードバックしながら、4万7040個が互いにやりとりを行う。

その複雑さは、地方都市の交通システムに匹敵する。「流れに任せると、どこかに渋滞が起こる。渋滞が起きそうになったら、動的に全体の動きを変えて事前に解決するといった動作が必要」(根岸執行役員)。これをつかさどるのがHPEのインターコネクト技術「スイングショット」だ。

スイングショットはHPEが傘下に収めた米クレイの技術。フロンティアの受注契約はクレイの買収以前に取り付けていたが、スパコンの老舗であるクレイが持つ独自技術を統合することで、エクサスケールの壁をうまく乗り越えた。

スパコン開発では性能ランキングに注目が集まりがちだが、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や人類・社会にとって未踏の研究課題である「グランドチャレンジ」の解決などが出発点となり、具体的な目標は発注者が決める。

重要なのは、それをいかに実現するかだ。難しいのは性能と使いやすさとのバランス。エコシステム(生態系)が形成されている標準規格準拠の技術を組み合わせれば使い勝手はよくなるが、規格ベースだと、発注者が求める目標や納期への対応が困難となる。

逆に独自技術を優先すれば近道となるが、独自色が強過ぎると使いにくくなるのが難点だ。

こうしたトレードオフ問題はスパコン開発では共通課題だが、日本ヒューレット・パッカードの根岸執行役員は「フロンティアは使いやすい標準技術と独自技術との組み合わせの妙味で世界一を実現した」と胸を張る。スイングショットはAMD製プロセッサーに特化しているわけではなく、モジュラー方式による多様な組み合わせが可能だ。

トップ10変動、欧勢上位際立つ

トップ500に名を連ねる国やベンダーは国力や時代の成り行きで顔ぶれが変わる。6月のランキングでは1―500位のうち、ほぼ3分の2を米国と中国が占めた。こういった全体動向には大きな変化がないものの、トップ10は変動があり、トップ交代に加え、欧州勢のランクインが際立った。

「富岳」は2位となった

欧州勢ではフィンランドのEuroHPC/CSC(欧州HPC共同体)の「LUMI」が3位に登場。10位にはフランスのGENCI―CINES(国立コンピューティングセンター)の「Adastra」が食い込んだ。いずれもスイングショットとAMD製プロセッサーなどを実装したHPE製スパコンだ。

スパコンの開発投資が巨額化する中で、欧米を中心に国の枠を超えた連携への動きが広がっている。「国単位から脱却しないと、エクサの次の“ゼタ(10垓=10の21乗)”への到達は難しい。多様な連携の中で、いかに自分たちの強みを生かすかが今後のカギとなる」(日本ヒューレット・パッカードの根岸執行役員)。

欧米はフロンティア以外にもエクサスケール級の開発プロジェクトがいくつか動いている。その一つはHPEが受注した2エクサフロップスのスパコン「エル・キャピタン」で、米国の国家核安全保障局(NNSA)が利用する。2023年ごろの完成を目指す。

中国では半導体から実装まで独自技術でエクサスケールに挑む構想が進展中という。

日本は富岳の次期マシンが注目。完成予定は29年ごろといった話も漏れ伝わるが、用途はもとより、肝となる技術やアーキテクチャーはまだ明らかになっていない。

スパコンの頂上決戦は熱いつば競り合いが続きそうだ。


日刊工業新聞2022年8月15日

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