「産学連携は必ずしも意味があるわけではない」と語る経営者が阪大教授とタッグを組む理由とは
「産学連携」。この四文字に多くの民間企業や研究者が抱いた夢は花開いていないのが日本の現状だ。製造業などへのAI導入支援を手がけるLaboro.AIの椎橋徹夫最高経営責任者(CEO)は「AIスタートアップの産学連携は必ずしも意味のあるケースばかりではない」と語るが、このほど大阪大学産業科学研究所の鷲尾隆教授を技術顧問に招いた。果たしてその狙いは。(聞き手・栗下直也)
―まず、「AIスタートアップの産学連携は必ずしも意味のあるケースばかりではない」の真意はどこにありますか。
「私自身、大学院の研究室で産学連携の支援に携わっていましたし、スタートアップ界隈の産学連携を多く見てきました。結論としては、「箔付け」目的のケースが少なからず存在するということです。知名度の高い研究室と連携することで、技術レベルを高く見せたい気持ちは理解できますし、創業間もないスタートアップにとって、その効果は否定しません。意識的にそうした効果を期待して連携する企業もあるでしょうが、どこまで『実』があるかは懐疑的に見ています」
「例えば、AI領域では、主要な技術のほとんどは研究成果として公開されます。つまり研究論文から多くの技術情報を掴むことができるわけです。AIに限らず、メジャーな研究領域の場合、特定の研究室だけが独自に持っている知見は今の時代ではほとんどないのではないでしょうか。著名な学会の論文は開示されていますし、それらを読んでいれば自社のエンジニアでかなりカバーできます」
「広い領域や手垢の付いた領域での連携では『実』はあまり期待できず、むしろ、『産学連携あるある』で、現場の負担が大きいのが実情です。論文にしたい研究室側と、ノウハウをオープンにしたくない企業側ではインセンティブが一致しない場合が少なくありません。誰が悪いわけでなく、構造的な問題です」
―そうした中での今回、鷲尾教授との連携の意義はどこにありますか。
「今回の連携はとくにセンシングやシミュレーションなど特定の領域でのAIの技術応用を目指したものです。センシングとAIをどう組み合わせるか、シミュレーションとAIをどのように掛け合わせるかは当社の今後の注力領域であり、AIの発展を占う上でも重要なキーピースになるはずです。例えば、製造ラインをつくる前に人やモノの動きを把握できれば課題を抽出できます。事前シミュレーションの精度が高まれば、仮説の検証が飛躍的に速まり、経営の意思決定も大きく変わります。こうした『サイバーとフィジカルが融合する世界』の実現は以前から指摘されていますが、現時点では標準的な技術は確立できていません。AIに加えて計測インフォマティクスを専門領域とされる鷲尾先生には、こうした技術の開発の助言をいただいたり、個別の案件で相談させていただいたりできないか考えています」
「重要なのは、この領域が学術界でニッチであることです。ニッチな領域ですと、深く研究している専門家とつながれば、その分野の専門家の大半とつながれます。そうなると論文になっていない最先端の知見や課題も見えやすくなります。コミュニティーが狭いからこそ、明確に認識できます。自分たちがそのコミュニティーのインサイダーに完全になりきれていない時につながるのも有意義でしょう」
―AIに限らず、企業による産学連携のポイントはニッチの領域で連携することだと。
「はい。当社が産業領域でAI×センシング、AI×シミュレーションを深掘りしていくにあたっては、当然、製造業の知見もこれまで以上に必要になります。ですから、例えば、モノづくりを専門にする研究者と連携するのも面白いかもしれません。『泊付け』での産学連携も企業戦略としてはありだといますが、私たちとしては『何を得られるか』を明確にした上で連携していきたいですね」
椎橋徹夫(しいはし・てつお)
米国州立テキサス大学 理学部 物理学/数学二重専攻卒業。2008年、ボストンコンサルティンググループに入社。2014年、東京大学 工学系研究科 松尾豊研究室にて産学連携の取組み・データサイエンス領域の教育・企業連携の仕組みづくりに従事。2016年、株式会社Laboro.AIを創業。代表取締役CEOに就任。