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需要予測AIは魔法のツールにあらず。生かすために必要な頭の切り替え

AIは幻想か―導入現場のリアル#02 「需要予測を導入せよ」編

酒類メーカーからの相談

今回もAI開発を事業にする当社がお受けした相談の一つを題材に話を進めていこう。ある酒類メーカーのDX推進担当者からの相談は、次のようなものだった。

「当社では様々な酒類を製造・販売していますが、中でもビール類が主力商品です。販路確保もできつつあり、安定した供給体制が整ってきている一方で、需要の読み誤りによる供給過多・供給不足が少なからず日々発生しています。需要の予測は営業担当の勘に頼らざるを得ないため、正直、多少のロスは諦めるしかないと思っているのですが、最近話題の需要予測AIでより正確な予測を行うことは可能なのでしょうか。」

需要予測は、数あるAI活用領域の中でもホットトピックの一つだ。少ない手間で需要予測ができることを謳ったAIプロダクトも多く販売・宣伝されており、担当者の耳にこうした情報が入ることは何ら不思議ではないし、AIが簡単にやってくれるという期待を持つのも当然のことだ。

技術に関係のない難しさ

しかし、この需要予測、実際には想像以上に難しい。技術的な難しさではない。そもそも「需要」という概念そのものを定義することが相当な難題なのだ。

未来を予測するためには、まず過去を知るべし。AIで予測させる場合も、過去の傾向を学習させる方法が王道だが、「需要」を表すデータとはなんだろうか。よく用いられるのが売上だ。例えば、気温とビールの売上との関係を考えてみると、夏の気温の高い日は売れ行きが良く、冬の寒い日には売上が振るわないなど、たしかに傾向が確認できる。

だが、売上=需要なのだろうか。冒頭の担当者の言葉、「供給過多・供給不足が少なからず日々発生する」が事実だとすると、この売上という数値は、メーカーの予測誤りによる過剰在庫や欠品、さらには営業努力で何とか押し込んだ販売実績など、様々な事情から生まれている。供給量が必ず需要量に一致しているという前提に立てば正しい予測もできそうだが、そんなことはあり得ない上、それが出来ていればそもそも需要予測AIなど必要ない。売上とは、メーカーや店舗、営業担当、消費者の様々な都合を経た結果として表れるデータであって、純粋な消費者マインドを示す需要を表しているデータとはとしては適当ではない。

変数が多すぎる難しさ

考え方を変えて、需要に影響を及ぼす要因に目を向けてみよう。先ほどの気温と売上の関係のように、需要を決定づける変数がわかれば、必然的に需要量が算出できるはずである。

しかし、これも楽観的な考え方だろう。というのも、ビールの需要に影響する変数として思いつくものを挙げてみると、季節、天候、気温、酒税や景気の動向、CM出稿量、店頭プロモーション状況、陳列棚シェア、競合商品の売行き、ビール以外の酒類の売れ行き、新ジャンルの売れ行き、リベートなどキリがない。しかも、そもそもデータとして入手困難であるものもあれば、定量的に表現できないものもある。すべてを考慮する需要予測AIの導入を目指してしまうと、暗礁に乗り上げてしまうのが確実だ。その一方で、一部のデータのみをAIに学習させてしまうと、当然バイアスがかかった予測結果をAIは算出することになる。データとして需要を表現できそうなデータが入手できないとなれば、もはや八方塞がり状態だ。

こうした相談時によく聞く言葉がある––「AIでイイ感じに答えを出してくれないのか」。残念ながら、AIはただのプログラムであって、人が感覚的に思う「イイ感じ」などわかるはずもない。理解させるためには、「イイ感じ」の中身を分解し、何がイイ感じで、何がワルイ感じなのかを具体的に数値で示さなければいけないという手間のかかるやつがAIなのだ。需要予測でも同じことで、AIが人の知らない情報までを勘案して予測結果を出力するということはあり得ない。システムが出来さえすれば計算し、答えを出力しくれるが、そもそも何を計算させるのか、どう計算するのかは人間の手で、つまりエンジニアリングが必要な部分だ。

AIを信じられない難しさ

需要予測AI導入の難しさは、さらにアナログなところにもある。営業現場で受け入れられにくいのだ。仮にAIで需要を正確に予測できるという夢のようなことが実現したとして、営業担当には次のような指示がなされるだろう。「AIによって算出されたあなたの担当地区の需要量は1,000ケースです。来月はこれを販売目標に頑張ってください。」

営業の立場からすると、需要は予測されるものではなく作り出すものだ。担当の営業努力次第で需要は大きくもなるし、小さくもなる。販売目標とはそうした意思を込めた数字だ。根性論ということではなく、事実こうしたマインドが重視される営業現場で、上のようにAIが無機質に算出した需要予測値が営業マンに火をつけるはずがない。需要予測AIの導入とは、AIに予測させるための技術部分だけを考えることではなく、予測された結果をどう使い、どう現場に落とし込むかまで知恵を絞ることだ。

「AIに任せる」から「AIを使う」に頭を切り替える

ちなみに需要予測を謳ったAIプロダクトが嘘だということでは決してない。だが魔法のツールのように言っているとすれば、それは誇張である。与えられた条件に忠実に答えを出力するツール、それがAIだ。

今回の相談の場合、何より頭を切り替える必要がある。完璧な予測結果を求めることから、予測の不完全さを前提として、既存オペレーションへの組み込みに知恵を絞るということだ。これは言い換えると、精度がそれほど高くなくても実務上に意味があり、能動的な施策の影響が小さい範囲での使い方を考えるということだ。例えば、各販売店が商品発注する際の参考データとして、メーカーが需要予測結果を配布し流通経路全体での発注業務の効率化に寄与するなどは活路の一つだろう。

なんともAIっぽくない話ばかり。だが、これがビジネスにおけるAI導入現場のリアルだ。ディープラーニングだとか、強化学習だとかの技術の話よりも、実は、そもそも何を、どれくらいのレベルで解決するのか、また何を持って成功と呼ぶのか、こうした議論をひたすら重ねていくことが、AI導入の成否を握っている。

(文=株式会社Laboro.AI 代表取締役CTO・藤原弘将/マーケティングディレクター・和田崇)

※記事内でご紹介している相談内容は、企業が特定できないよう実際の内容をヒントに改変したものです。また、特定の企業様を意図して記載するものでもございません。

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