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労働災害ゼロへ注目「ビジョンゼロ」を知っていますか?

労働災害ゼロへ注目「ビジョンゼロ」を知っていますか?

協働ロボットと人が協調して働く(イメージ=IDEC提供)

日欧活動融合、国際規格化へ

労働災害ゼロやウェルビーイング(心身の幸福)の実現を目指す活動「ビジョンゼロ(VZ)=用語参照」への注目が高まってきた。欧州の有力企業を中心に普及が始まり、日本企業も動きだした。特に日本では人と機械が協調し安全を構築する「協調安全」の概念を組み合わせた活動が世界の関心を集める。5月には、ビジョンゼロをテーマにした国際会議「第2回VZ・サミット」が日本をホスト国として開かれる。理想の安全を目指す取り組みを追った。(京都・小野太雅、大阪・広瀬友彦)

【用語】ビジョンゼロ(VZ)=職場におけるあらゆる事故や業務上の疾病などは予防可能との信念に基づき、安全で健康的な職場を確保することを目指す活動。安全で健康的な職場を確保できれば、身体的・精神的・社会的に良好な状態で働ける。それが従業員の生産性や顧客満足度向上にもつながるとされている。

「2019年にフィンランドで開かれた国際会議『第1回VZ・サミット』で日本側が提言した協調安全が世界に衝撃を与えた。それが日本(をホスト国とした)開催につながった」。第2回VZ・サミットで準備役を務めるセーフティグローバル推進機構(IGSAP、大阪市淀川区)の藤田俊弘理事は明かす。日本発の協調安全をテコにして世界規模でVZを浸透させ、ウェルビーイング社会の実現を目指すと意気込む。

今回のVZ・サミットは5月11―13日の3日間、16セッションをウェブ開催する。オープニングでは、後藤茂之厚生労働相、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、産業技術総合研究所の石村和彦理事長らがあいさつ。続いて台湾デジタル担当相のオードリー・タン氏らをはじめ、41カ国・地域から約200人のスピーカーが講演する。

トヨタ自動車や独BMW、デンマークのレゴといった世界的企業の関係者も、労働安全衛生の取り組みをVZの視点で紹介する。各スピーカーの英語発表には日本語、日本語発表には英語字幕を表示し世界に発信する。

中核テーマの一つとなるのが協調安全だ。この協調安全は、生産現場で安全柵を設けずに人と協働ロボットが作業することなどが代表例。日本で5年ほど前から取り組みが本格化してきた。

第1回サミットでは、日本人参加者の多くが協調安全について講演。中でも、清水建設の河田孝志土木総本部顧問が発表した事例は注目を集めた。デジタル技術を使ったトンネル工事の事故予防システムで、作業員の安全に貢献した内容だった。

建設業界は世界的に見ても他産業より事故発生率が高い。河田顧問の発表により海外でも協調安全の有用性が評価され、VZ・サミットのホスト国として日本が選ばれる原動力となった。

今回のVZ・サミットの目標は、欧州発のVZと日本発の協調安全を融合させることだ。藤田IGSAP理事はIDEC常務執行役員でもあり、産業用ロボット関連の安全スイッチを国際標準に導いた実績を持つ。VZ・サミットを成功させ、関係者の協力も得て2030年までに日本発の協調安全を国際規格化したい考えだ。

日本の協働ロボットは世界から注目を集める(安川電機の「人協働ロボット」)

清水建設、トンネル工事にICT 災害4年間ゼロ

ビジョンゼロ実現に向け、協調安全の有用性を示したのが清水建設だ。同社は17年から、トンネル工事でICTを活用して現場の生産性と安全性の向上を進める。トンネル災害事故の大半を占める切羽(掘削面)崩落災害と重機接触災害を18年以降、約4年間発生させていない。

同社はセンサーやカメラ、人工知能(AI)などを組み合わせ、工事現場の建設機械や人の動きを監視し、事故を予防するシステムを開発した。例えば、稼働中の建機に作業者が近づきすぎた場合、警報が鳴り、同機械が自動停止する。

同社の土木事業における安全推進の旗振り役、河田孝志土木総本部顧問は16年に向殿政男IGSAP会長と出会い、協調安全やビジョンゼロの存在を知った。それ以降、作業現場の事故防止に関する教材を漫画形式で作成し、社内研修で活用するなど、全方位戦略で安全を推進する。

清水建設のトンネル工事の事故予防システムの一例。稼働中の建機に作業者が近づきすぎた場合、警報が鳴り、建機は緊急停止する(イメージ)

河田顧問は「建設業を、最も安全で生産性の高い産業であると言われるよう全力を尽くす」と熱く語る。

ダイフク、経営トップが活動理解 危険体験型研修

ビジョンゼロ活動では経営トップが安全活動を理解し深く関与しているかもカギとなる。ダイフクは14年、その前年に工場で社員が大けがを負う事故が起きた反省から、社長直轄の安全衛生管理本部を立ち上げた。同本部は現在30人で構成する。

「労働安全と交通安全が2本柱。新人から管理職まで階層別に教育プログラムを作り、特に事故率の高い3年未満の安全教育に力を入れている」と、執行役員の喜多浩明安全衛生管理本部長は語る。

主力工場の滋賀事業所には危険体験道場を設け、全社員(協力会社含む)対象に体験型研修が行われる。19年から仮想現実(VR)を駆使した危険体感も行えるようにした。

喜多本部長は18年に安全活動の責任者になり、海外拠点にも日本と同じ基準の安全活動を展開。国内外の労働災害件数は19年が計42件だったが21年は21件と40%減になった。交通事故も減っている。

ダイフクでは下代社長(左から3人目)が率先し「安全巡視」を行う(ダイフク提供)

ダイフクの下代博社長は「我々のマテハンシステムは高所で組み立ても多く、常に危険はあると肝に銘じている」とし、自ら安全を先導する姿勢を貫く。

日刊工業新聞2022年4月7日

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