世界最高レベルのセンサー機能へ、NIMSが挑むダイヤモンド成長の中身
物理学の一つである量子力学を工学と結び付けて実用に役立てる「量子技術」という言葉を聞くようになった。量子技術の応用の中でも、脳磁場のような弱磁場を計測できる「量子センシング」は早期実用化が望まれる課題で、特に「ダイヤモンド中で窒素と空孔がペアを形成するNVセンター」は室温動作する固体量子センサーとしての応用が期待されている。
NVセンターの電子スピンは原子サイズのセンサーとして機能する。通常、固体内部の電子スピンは低温でしか操作できない。ダイヤモンド中では電子スピンへの外乱が少なく室温でスピン操作できることが、量子センサーの室温動作につながっている。
物質・材料研究機構(NIMS)では、独自に開発した超高真空型ダイヤモンド成長装置を用いて量子デバイス応用のための超高純度ダイヤモンド成長を行ってきた。2014年には量子センシング感度向上につながるNVセンター配向形成技術の開発や、量子通信に欠かせない量子干渉を起こす新規な発光中心の作製に成功した。また、量子特性向上の基盤技術であるダイヤモンド結晶の純化では、15年に不純物が1ppb(ppbは10億分の1)を下回る世界最高純度を達成した。
これらの技術をもとに、18年度から文部科学省委託事業「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」(Q―LEAP)の「量子計測・センシング」技術領域で「量子センシング高感度化への複合欠陥材料科学」の研究を開始した。このプロジェクトでは、脳磁計などの超高感度磁気センサーと微小空間核磁気共鳴(ナノ空間NMR)に利用できるダイヤモンド結晶成長をターゲットとしている。結晶成長法には、ガスを原料とする気相成長法に加え、NIMSで長年の研究実績がある高圧合成法も実施している。
これまでにデバイス応用に不可欠なNVセンター濃度の制御に目途が付いた。現在、センサー感度を高めるため、電子スピンの外乱となる不純物や欠陥の除去を行っている。成長したNVセンターダイヤモンドの電子スピン特性評価を行うことにより、成長条件へのフィードバックを行うことができる。これにより、NIMSで作製されるNVセンターダイヤモンドは世界最高レベルのセンサー機能を発現する。
各デバイスの要求に合った結晶の作製や、センサー感度向上に適した結晶の作製は研究者たちの共通課題である。NIMSはどのような要求にも応えられるNVセンター形成技術を高めるとともに、NVセンターを凌駕(りょうが)する発光中心の探索を新たな量子マテリアル研究課題として開始している。
◇物質・材料研究機構(NIMS) 機能性材料研究拠点 電気・電子機能分野 ワイドギャップ半導体グループ 主席研究員 寺地徳之
1998年筑波大学大学院工学研究科物質工学専攻修了。博士(工学)取得。97年科学技術振興事業団(現科学技術振興機構)特別研究員、2000年大阪大学大学院工学研究科助手を経て05年よりNIMS主任研究員。18年より現職。