「半導体再興」“大国”復権へ日本政府の危機感と具体策

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ソニーの半導体生産拠点

政府の経済対策がまとまり、岸田文雄政権が成長戦略の目玉の一つに掲げる新たな経済安全保障政策が本格始動する。政策の柱は技術革新に欠かせない半導体産業の再興。米国と中国の技術覇権争いを起点に世界が経済安全保障強化に動く中、日本はどのように向き合っていくのか。(高田圭介、編集委員・鈴木岳志、同・川瀬治、同・川口哲郎、冨井哲雄)

戦略物資の自給率向上

「サプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化や人工知能(AI)など重要技術をめぐる日本の優位性の確保、それに中国などを念頭に基本的価値やルールに基づく国際秩序の維持・強化を目指す」。19日、新設した経済安全保障に関する閣僚会議の初会合の場。岸田首相は経済安全保障の意義をこう強調した。

経済安全保障政策は産業競争力強化に主眼を置くとともに、戦略物資確保や重要技術の流出防止など「国民の安心・安全」を担保する意味も持つ。19日に示した約55兆円規模の経済対策では、自動車や半導体など産業や国民生活への影響が大きい分野を中心に大規模な財政出動を伴う施策を打つ。

需給の不安定化が続く半導体分野は、産業のコメから「社会のコメ」に様相が変わる中で自給率向上を描く。

日本で国際競争力の高い半導体工場は三つしかない。キオクシアホールディングス(旧東芝メモリホールディングス)のNAND型フラッシュメモリー工場、米マイクロン・テクノロジーのDRAM工場、そしてソニーグループのイメージセンサー工場だ。

日本の半導体工場数は今でも世界1位だが、その多くは約30年前に半導体大国だった頃の名残であり、新規投資はほぼ行われず陳腐化・老朽化したレガシー工場だ。3社だけが継続的な投資でその競争力を保ってきた。

半導体が石油などと並ぶ“国際戦略物資”となった現在において、政府が国内工場をより強くする支援は当然だ。半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)とソニーGによる熊本県のロジック半導体工場建設に補助金を出すのも同じ文脈だ。

イメージセンサーに不可欠なロジック半導体の安定調達はソニーGの事業戦略の要となる。キオクシアとマイクロンも新工場計画をそれぞれ温めており、政府からの手厚い支援が期待される。

一方で、数多いレガシー工場を放置したままでは半導体大国の復権は実現できない。21年度補正予算案に計上する半導体補助金は既存工場の設備刷新も対象とする。世界市場で日本メーカーの存在感があるパワー半導体やマイコンを主に想定し、工場の競争力強化を狙う。

先端工場建設と既存工場の刷新という両面作戦で日本再興の夢をふたたびだ。

EVシフト 蓄電池製造重要性増す

蓄電池も戦略物資としての重要性が増している。原材料加工やセル、パックの製造、リサイクルの流れに関わる拠点建設には、2021年度補正予算案で1000億円規模を計上する方針だ。

経産省幹部は補助金について「電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)向けにつながれば」と打ち明ける。ハイブリッド車(HV)向けの生産を軸とする国内の現状に対し、電動化の流れで需要が拡大する車種での製造基盤を確立したい考えがある。

蓄電池製造に欠かせないリチウムやコバルトなど海を越えた資源調達がネックとなる一方、経済安全保障のフィールドは宇宙にも及ぶ。宇宙開発やAIなど先端技術の実用化に向けて5000億円規模の基金を創設する方針だ。

巨額案件が並ぶ背景には金額によるインパクトを通じて施策効果を高めたい思惑も透ける。ある政府関係者は「1案件で3ケタと4ケタ(億円)では感情面で意味合いが大きく変わる」と話している。

中長期視点が必要な経済安全保障政策は、従来の経済産業政策よりも短期的な費用対効果が見えづらくなる。新たな観点による政策の実行には、産業界や国民に対する周知や理解も欠かせない。

激化する米中覇権争い

政府が経済安全保障の強化に向け、5000億円規模の基金創設に踏み込んだ背景には米国と中国の技術覇権争いがある。半導体やAI、量子技術など先端技術をめぐって、米中対立が激化。特に半導体は自動車やスマートフォン、家電製品などの生産に欠かせない戦略物資であり、サプライチェーンの強靱化が国家戦略として重要となる。

世界的な半導体不足が続くなか、各国・地域は「兆円単位」の資金を投じて半導体産業の育成に乗り出す。中国は国と地方で10兆円を超える規模のファンドを設け、半導体産業に大規模な投資を行う計画だ。米国は半導体産業に520億ドル(約5兆9000億円)の補助金を投じる法案が上院で可決し、下院で調整に入っている。欧州連合(EU)も欧州半導体法を制定する方針。米インテルが今後、10年間で800億ユーロ(約10兆円)を欧州に投資する可能性がある。

政府・与党幹部は「これまでの日本の産業政策では、日本は遅れてしまう」と危機感を募らせる。中国に対抗するためには、西側諸国で、日米欧の3拠点に世界的な半導体製造拠点を設ける必要がある。日本政府は基金を活用し、TSMCが熊本県に建設する半導体の新工場に補助する考え。国際的な半導体製造拠点の誘致合戦に勝つために、5000億円規模の基金を設けることになった。

「なくてはならない存在」になる 明星大学経営学部教授・細川昌彦氏

明星大学経営学部教授・細川昌彦氏

経済安全保障における重要物質や技術については、特定の国に依存しないようにしつつ、相手国にとって自国がなくてはならない存在になることが重要だ。各国はその基本原理で動いている。その原理を具体化するため、日本が必要とされるような半導体技術を磨き、技術流出を止める仕組みが必要になる。

今回の政府の経済対策で、技術開発とともに国内に新設するTSMCの半導体工場の支援など経済安保の取り組みを一歩前に進めたことは評価できる。だが半導体を作るだけでなく、作った半導体をどう使うかを考える必要がある。データセンターや自動運転車など将来伸びる分野を見定め、各分野に合わせた半導体を作る仕組みが求められる。(談)

延命目的の補助金避けるべき 三菱総合研究所政策・経済研究センター主任研究員・森重彰浩氏

三菱総合研究所政策・経済研究センター主任研究員・森重彰浩氏

補助金の使われ方が重要だ。競争力が落ちて新陳代謝すべき産業を延命させるために使われるならば、長期的に良くない。汎用半導体は台湾など海外から輸入でき、わざわざ国内に工場を建てる意義は薄い。先端半導体など重要な分野に絞って競争力を高める支援が必要だ。そのためには半導体のユーザーが高い競争力を持つことも重要で、例えば自動車産業に期待したい。

補助金が5000億円規模で十分かという見方もある。米国は半導体振興も含む米国イノベーション・競争法案を2500億ドル(約28・6兆円)規模で審議中だ。本気で先端半導体工場を国内に建てるならば、相応の支援規模と期間が求められる。(談)

日刊工業新聞2021年11月22日

キーワード
半導体

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