SaaSスタートアップへの投資、VCは「ここ」を見る!
2021年、国内SaaS(サービスとしてのソフトウエア)スタートアップの資金調達額は前年比190%増の1465億円に到達し、過去最高額を記録した。
SaaS・サブスクリプション投資に強みを持つUB Venturesではこうした国内のSaaS市場の最新データやトレンドを分析、解説した「SaaS Annual Report 2021」を21年1月に公開。レポートでは、SaaS事業投資の要諦である「Playbook」を一部公開し、ベンチャーキャピタルである弊社がSaaSスタートアップ投資に際してどのような基準を判断に用いているかを明らかにした。
ここではレポートで記載できなかった定性的な見方も含め、SaaS投資の視点を「人(経営者・組織)」と、「事業(市場・サービス・プロダクト)」の2つの観点から伝える。(文=UB Ventures 代表取締役 岩澤脩)
UB Venturesとは
UB Venturesは、サブスクリプションビジネスに特化したベンチャーキャピタル(VC)。
BtoB、BtoCの双方でサブスクリプションビジネスを創り上げてきた「リアルな事業経験」を活かし、BtoB/SaaS、デジタルメディアなど、サブスクリプションでユーザーと持続的な関係を築き、ユーザーと共に成長するスタートアップを支援している。
http://ubv.vc/
SaaSスタートアップの成長は初速で決まる
弊社は18年のファンド立ち上げ以来、200社を超えるSaaSスタートアップの投資検討を行ってきた。我々が投資判断を行う際、経営者の資質や組織といった「人」視点と市場規模やプロダクトといった「事業」視点の両方から検証を行う。
我々が重要視するSaaSスタートアップの経営者に求められる「人」視点の5つの資質はこうだ。
1. 業界課題の理解の深さ-自分の原体験を元に、事業ドメインにおける顧客の課題(ペインポイント)を深く正しく捉えられているか
2.プロダクトの細部へのこだわり-徹底的なユーザーファーストで、情熱を持ってプロダクトの細部にまでこだわっているか
3. 経営管理能力-事業状況を把握する為、計測可能な情報を見える化し意思決定に活かせているか
4.時間軸への強度-掲げた期日までに必ず業務を完了する、目標を達成するなど、時間軸への強度があるか
5.チーム経営-互いに信頼する仲間とチームで経営できているか
特に「4.時間軸への強度」はSaaSビジネスに取り組む経営者に重要な資質だ。定性的な視点に見えるが、この重要性は過去のSaaS企業のデータから導くことができる。
弊社では時間軸への強度を測る為に「MRR Velocity(MRRの獲得速度)」という指標を設け、目安としている。
MRR Velocity=サービスインからMRR1000万円までの月数
サービスイン=月次の行動KPIを掲げて営業にリソースを確保し始めるタイミング
MRR(Monthly Recurring Revenue、月次経常収益)=SaaSのようにサブスクリプションモデルでの積み上げ型ビジネスでは、初速がその後の成長曲線を大きく左右する。
上図は、サービスインからMRR1000万円到達までの月数ごとの将来的な成長の伸びを表す。
例えば、MRR1000万円に到達するスピードが8ヶ月の場合、8年後の年間経常収益(ARR)は75.6億円になる。一方、20ヶ月を要する場合は半分以下の30.2億円となる。ここから分かるように、初速がその後の成長に影響を与えている。
すなわち毎月の数値への達成強度は単に足元の成長スピード判定だけでなく、初期フェーズのSaaSスタートアップが長期に成長を遂げられるかという観点を重視している。
プロダクトで実現すべき5つの代替性
次に「事業」視点を見ていく。
市場環境や成長戦略が重要なのはもちろんだが、プロダクトの価値がユーザーに届くことが最優先だ。
ユーザーにとって「なくてはならない(Must Have)」プロダクトになるために、我々は「プロダクトが既存の何をリプレイスするのか」という“代替性”を1つの切り口として考えている。
以下はプロダクトの提供価値として考えられる「5つの代替性」だ。
1.時間のリプレイス-ある業務を行う際の単位時間が減る
(例:データ分析に10時間かけていたのが1時間でできるようになる)
2.人のリプレイス-属人的な業務のクラウド化で人件費を削減
(例:今まで3名で担当していた業務が1名で可能になる)
3.価格のリプレイス — 既存のオンプレミス型のソフトウェア、SaaSよりも安価
(例:既存サービスが30万円/月に対し、同じ機能を10万円/月で提供)
4.習慣のリプレイス-日々の業務フローのインフラとして機能
(例:毎日の稟議・承認フローや勤怠記録など、毎日アクセスする状態)
5.蓄積のリプレイス-活用し続けることでデータが蓄積される
(例:ユーザーとのコミュニケーションがプロダクト上に蓄積され続ける)
例えばクラウドサイン型の会計システムfreeeが提供している価値は、以下のように5つの代替性に整理できる。
freeeの場合は5つ観点で代替性がカバーするが、スタートアップの初期段階ではこの中でいくつか、説得感を持って仮説検証ができていれば事業の可能性が感じられる。
弊社では人軸と事業軸での検討要素を総合して、TAM(Total Addressable Market、獲得可能な最大の市場規模)、Churn Rate(解約率)、MRRの獲得速度といったSaaSビジネスを測る指標と定性評価を組み合わせ、投資判断を行う。
今後注目のトレンド
直近で国内SaaSスタートアップの調達総額は右肩上がりで推移し、Sansanやfreeeのように日本を代表するSaaS企業が生まれた。これまでスケールしたSaaS企業は、ホワイトカラーをターゲットにした業務支援系SaaSが多い。
一方、日本のレガシーな業界やヘビーインダストリーは一大市場でありながらデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいない。弊社は、こうした産業に入り込むサービスの成長や各業界を代表するスタートアップの登場が22年以降のトレンドになると予測している。
また、日本でも話題になり始めたWeb3.0やメタバースにも注目している。現在クリエイターや先進的な一般ユーザーの間でBtoCのサービスが過熱しているが、BtoBに広がっていくことは必然的な流れだと考えている。
インターネットの変遷を振り返ると、BtoC領域の変化の波がBtoBの領域に遅れてやってきた歴史がある。一般ユーザー間でのチャットアプリの流行がBtoBにも広がり、IT系スタートアップを中心にビジネスメールがビジネスチャットのSlackへと移行したのが好例だ。
現在BtoCが中心であるメタバースも、既にアジアではバーチャル展示会・商談会を開催するなど、BtoBへの展開もスタートしている。
我々はこのような新たな領域に対しても先見的な視点を持ち続け、情報の発信を行っていく。