ニュースイッチ

「交通事故ゼロ社会」実現へ、トヨタ・ホンダ・マツダなどが挑む技術開発の今

「交通事故ゼロ社会」実現へ、トヨタ・ホンダ・マツダなどが挑む技術開発の今

ホンダは自転車の飛び出しなどのリスクをAIで判断する研究を進めている

「交通事故ゼロ社会」を実現するにはどうすれば良いか―。乗用車メーカーがこの問いに挑んでいる。車の安全性能向上を目指し、先進運転支援システム(ADAS)の搭載などを進める。全ての運転を常にシステムが担う「レベル5」の自動運転技術の普及までは運転者の支援が重要となる。人工知能(AI)や脳科学の知見を活用した研究、歩行者も対象とした安全システムづくりといった取り組みが活発化する。(江上佑美子)

国内自動車メーカーが事故ゼロ目標を宣言する動きが相次いでいる。

ホンダは2021年に「50年に全世界でホンダ車が関与する交通事故死者ゼロの実現」を目指すと発表。SUBARU(スバル)は18年に「30年にスバル車が関与する死亡交通事故ゼロ」、日産自動車は「日産車が関わる交通事故死者数の実質ゼロ」を掲げた。

ではどうやって交通事故の回避や被害低減を実現するのか。足元で、活用が進んでいるのがADASだ。21年11月には新型の国産車に衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキ)の搭載が義務化された。車載のカメラやレーザーが歩行者などの障害物を検知した場合、自動的にブレーキをかける仕組みだ。

このADASを進化させる取り組みとして、発生している異常への対策を取るだけでなく、異常の予兆を検知することでリスク回避を目指す動きが出てきた。

マツダは開発中の自動運転技術「マツダ・コ・パイロット・コンセプト」に、異常予兆検知機能を25年以降に搭載する。車載カメラなどが運転手の頭部の動きなどから体調不良の予兆をとらえると、警告後に路肩などの安全な場所へ車が自動で移動する。

ホンダは車載カメラやセンサーで把握した情報をAIで分析する技術を研究開発中だ。車内外のカメラで歩行者の挙動や自転車の向き、運転手の視線などをモニタリングする。リスクがあると判断した場合は音などで警告する。20年代後半の実用化を目指す。

マツダとホンダはこれらの研究に、脳科学の知見を活用している。マツダによると運転手は通常、路上駐車の車両などのリスクが高い箇所やミラーに視線を向けている。しかし脳の機能が低下すると、目立つ動きや色の物に視線が集中しがちだという。視線を分析することで異常の予兆を捉えられると見る。全てのユーザーに一律の技術を提供するだけではなく、個人に合わせた支援をする考えだ。

新技術無償公開 外部の知恵借りる

もっともADASだけで交通事故ゼロの実現は難しい。ホンダの高石秀明安全企画部長は交通事故死者ゼロの実現に向け「運転手の経験不足や歩行者の直前飛びだし、もらい事故まで人の行動に起因する全てのエラーに対応する必要がある」と話す。歩行者など全ての交通参加者を巻き込み、安全性を高めるシステムを構築する必要がある。

ホンダは「歩行者のスマートフォン」に着目した。子会社の本田技術研究所はソフトバンクと連携し、車載カメラが車道に進入した歩行者を認識した場合、車両などから歩行者の携帯端末に警報を通知するといった技術を検証している。

また知見を外部に開放することで、交通事故の低減に役立てようとする動きも出ている。トヨタ自動車は衝突事故の際に人体に及ぼす傷害をコンピューター解析できるバーチャル人体モデル「THUMS(サムス)」を開発、21年に無償公開した。

人体の形状や強度を精密に再現しており、ダミー人形を使うよりも詳細な解析が可能だとしている。コンピューター上でさまざまな衝突パターンを解析できるため、開発の期間や費用も抑えられる。無償公開でより幅広いユーザーによる活用を促し、事故の被害軽減に寄与する狙いだ。

スバルは運転支援システム「アイサイト」で得た画像データ12万枚超を一般公開し、そのデータを用いた物体速度検出アルゴリズムを1月末まで募集している。運転支援システム「アイサイト」とAIを融合した研究開発を進めており、その一助とする狙いだ。

トヨタのバーチャル人体モデル「THUMS」。車両衝突時の傷害を解析できる

死者・負傷者 最低でも半減=WHO目標、30年めど

世界保健機関(WHO)は21年10月、「21年から30年の間で交通事故死者数と負傷者数をそれぞれ最低でも50%削減する」との目標を公表した。欧州連合(EU)欧州委員会は50年に交通事故の死傷者ゼロを目指している。

交通事故ゼロに向け、究極的にはヒューマンエラーのない自動運転技術が一つの解になる。しかし普及には時間がかかる。また高石部長は「自動運転を活用したい人もいれば、自分で運転したい人もいる。その両輪について考えないといけない」と話す。

「安全に関する技術開発は裾野が広い」(本田技研の大津啓司社長)。各社の創意工夫は今後も続きそうだ。

日刊工業新聞2022年1月5日

編集部のおすすめ