キヤノンCEOが明かす、過去最大の買収で生きた父の教え

御手洗冨士夫最高経営責任者(CEO)兼会長兼社長

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御手洗冨士夫氏

「熟慮断行」。東京慈恵会医科大学の創立者である高木兼寛氏の弟子だった父から受け継いだ教えだ。

「今ほど検査機具が発達していない時代。診察と言えば問診と触診が主だった。外科医の心得としては、患者の話を聴いて考え、想像する。どこに病巣があるか熟慮して、突き止めたら手術を実行する。経営者も社員の声を聞き、状況を見極め、決断したら実行する。社会人になるときに『ビジネスマンにも通用するはず』と父に言われ、今も胸に刻んでいる」

特にこの教えが生きたのは、2016年に東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)を買収した時のこと。買収額は約6600億円。キヤノンにとっては過去最大の買収だったが、医療機器市場に本格参入し、新規事業として成長させたいという狙いがあった。

複数社が名乗りを上げた中で買収を勝ち取ったが、一筋縄ではいかなかった。当時、財務の健全化を迫られていた東芝は早期に売却益を計上する必要があり、独占禁止法の審査を経てから決済したのでは間に合わなかった。そこで東芝が東芝メディカル株を第三者の特別目的会社(SPC)に売却。キヤノンは買収計画を公正取引委員会に届け出る前に東芝メディカルの新株予約権を取得し、対価を支払うという方法で決着した。

大型買収はただでさえ熟慮するもの。その特殊な買収スキームを「了承するかどうか、随分悩んだ」という。ただ、今となっては「買収を決めて良かった。もし失敗していたら、私はここにいないはずだ」と認識する。

キヤノンの経営に大きな影響を与えてきた言葉がある。それは、初代社長の御手洗毅氏が愛した西郷隆盛の言葉「敬天愛人」だ。同氏は西郷と同じ九州出身。御手洗毅氏の甥で、現在3度目となる社長職を務める御手洗冨士夫社長にとっても大切な言葉になっている。

「人間尊重の思想で経営を行ってきた。創業以来、労働争議が起きたことはなく、全部の問題を労使協定で解決してきた」

「技術を中心に、時代に合わせて産業を変えていくというのが基本戦略。米国企業は(産業を変える場合)その事業を売却するのが一般的だが、当社は社内教育を行って人材転換を行うなどし、雇用を重視する」

ニューノーマル(新常態)で事業環境が大きく変化しても、敬天愛人の精神は揺るがない。(張谷京子)

【略歴】
みたらい・ふじお 61年(昭36)中央大法卒、同年キヤノンカメラ(現キヤノン)入社。81年取締役、95年社長、06年会長兼社長最高経営責任者(CEO)、同年会長CEO、12年会長兼社長CEO、16年会長CEO、20年会長兼社長CEO。大分県出身、86歳。

日刊工業新聞2021年11月2日

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