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「官」主導で世界に先行するニッポンの自動運転技術、自動車メーカーの現在地は?

「官」主導で世界に先行するニッポンの自動運転技術、自動車メーカーの現在地は?

トヨタブランドとして初めて運転支援機能「アドバンストドライブ」が搭載された燃料電池車「MIRAI(ミライ)」(トヨタ提供)

国土交通省が世界初の自動運転の型式指定をして1年を迎えようとしている。これまでメーカーや関係省庁などの専門家によって議論されてきた自動運転技術が、この1年で多くの人が触って確かめられるまでになった。ただ、現在は機能の作動条件を覚えるのが難しいなど、初見のドライバーが戸惑う場面も見受けられる。運転支援機能はより自然に、環境に埋め込まれたアンビエント(環境埋設型)な支援を目指している。これを実現するには完全自動運転の技術が必要になる。(小寺貴之)

「ドイツは世界初を日本に取られて相当悔しがっている。機能を向上させ倍返しを狙っている」―。内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期自動運転ワーキンググールプの清水和夫構成員は満足げに話す。2020年11月11日。ホンダの高級セダン「レジェンド」が、高速道路渋滞時という特定条件下で自動運転が可能な「レベル3」搭載車として認定を受けた。レベル3の取得を国が認可したのは世界初。レジェンドは21年3月に発売され、他社も型式指定に向け当局と協議中だ。

SIPでは自動車各社の開発部隊が足並みをそろえて制度と技術をすり合わせる場を作り、自動運転の基準やガイドラインを策定してきた。国交省の18年の安全技術ガイドラインでは世界で初めて安全目標を設定。19年に道路運送車両法を改正し、20年にはレベル3と4の自動運転の基準を設けた。これを踏まえ道路交通法を改正した。年間予算30億円の研究事業が、大きな成果を出した。

国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)では日本が共同議長国として国際基準作りで主導的な役割を果たし、20年6月にレベル3の国際基準を成立させた。国交省自動車局の猶野喬安全基準室長は「(レベル3では)国際基準作りを主導できた。レベル4に向けても議論を進めている」と説明する。規制省庁が新技術の普及を阻むブレーキ役ではなく、社会実装をスムーズにするハンドル役として世界をリードしてきた。

【車メーカー、まだ投資段階】データ収集→改善/作動条件の習得難しく

一方、自動車メーカーにとって自動運転はまだまだ投資フェーズだ。ホンダのレジェンドが100台の限定販売ということからも、メーカーの手探りな状況がうかがえる。現状は自動運転機能が働くシーンは限定的で、条件から外れると機能は使えない。

自動運転「レベル3」の機能を搭載するホンダの高級セダン「レジェンド」

このため運転者は何度も機能をオンにする必要がある。レジェンドの場合は高速道路での渋滞を想定し、時速30キロメートルで自動運転機能が利用可能になり50キロメートルで終了する。長い渋滞では運転車は周辺の監視をしなくて済みリラックスできるが、中途半端な渋滞だと何度も運転に戻るよう要求される。

そこで自動車各社は運転支援機能の適用範囲を広げるべく開発を続けている。日産自動車は運転支援機能「プロパイロット」にナビリンク機能を追加、カーブ手前で減速して進入しシステムの支援で走り抜けられる領域を増やした。同機能の肝は、カメラでの認識と地図情報だ。トヨタ自動車の運転支援機能「アドバンストドライブ」では、7月のアップデートで高速合流時に同機能が使えるようになるまでの時間を短縮したり、車線変更支援の利用場面を追加したりしている。

各社が自動追従や車線維持、自動車線変更、ハンドル保持が不要なハンズオフ機能などの運転支援機能を提供するが、それぞれの作動条件を覚えるのは難しい。例えば試乗体験会では説明スタッフはそれぞれの機能が発揮されるコースを選んで運転できる。だが初めて体験する運転者は、いつ支援機能が使えるのか、どの程度の支援なのか戸惑いながら覚えていくことになる。支援システムに慣れると楽だが、慣れるまでの負荷は小さくない。システムが意図しない振る舞いをする度にストレスとなり、機能を使わなくなることもある。

これは自動車に限らず、部分的な半自動化につきまとう課題だ。半自動システムに習熟するまでのトレーニングを新車販売の営業プロセスに埋め込む必要がある。ホンダの場合は特定のディーラーが扱い、丁寧にアフターフォローする。トヨタは運転シミュレーターを配置し体験する機会を設けている。

BMWのハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能を使った走行

課題は中古車やカーシェアリングなど、接点の少ない販売チャンネルへの対応だ。システムが機能のオンオフの理由を説明してドライバーからの納得を得るのは容易ではない。途切れず支援し続けることが理想だ。これには実質的にエリア限定の完全自動運転(レベル4)と同水準の技術が求められる。そして実現した際には、さりげなく機能が働くアンビエントな支援になる。

ただ、この実質的なレベル4に至るまでには利用範囲の拡大やフィーリングの向上など、長期にわたる継続的な機能拡張が不可欠だ。自動化の範囲を広げながら、よりアンビエントにするには、ドライバーの行動変容を面的に捉えていく必要がある。このためトヨタは車両からデータを集めて機能の改善に利用している。

こうしたつながりを販売チャンネルとは別に持つ必要がある。そして、このデータのつながりこそが、よりレベルの高い自動運転の基準策定する際のカギになる。

【SIPの継承は…】再び官民が組む時

SIPの葛巻清吾プログラムディレクターは「内々ではSIPは第2期で終わりだろうと言われている。産学官が連携する場としての資産を引き継いでいく必要がある」と説明する。SIPは22年度で終了。予算化の機会は当初予算と補正予算を合わせて残り3回しかない。後継候補に挙げられるのが経済産業省と国交省が進める「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト」だ。ただ、同事業は無人自動運転技術を使った移動サービスの確立が柱だ。SIPの移動サービス開発の後継にはなるものの、自家用車は直接の対象ではない。

自動運転技術が一般消費者に受け入れられるためには、アンビエントな支援機能の開発が不可欠。それには技術開発と行動変容データ、規制をつなぐ受け皿が重要となる。SIPで成果を出した省庁と民間が再びスクラムを組めるか―。その体制づくりが自家用車向け自動運転技術の普及を左右する。

日刊工業新聞2021年10月29日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
自家用車は自動運転よりも途切れない運転支援が現実解ではないか。アンビエントな運転支援機能では社会受容性の議論は広がらず、現物を出していくしかないのではないか。より高度な自動運転の規制や制度を設計するには、丁寧にドライバーの行動変容を追跡していくしかないのではないか。数千億円を投じてきた産業界を年間30億円の予算でグリップできる事業は他にありえるのか。と考えてしまいます。SIPの8年間で最も目覚ましい成果を挙げたのは官庁といえます。一般消費者は自動運転社会について理解を深めるよりも、アンビエントな支援機能を結果的に選ぶことになりそうです。これが本当の普及期で、この段階を迎えるまでに規制も制度も整えないといけません。技術開発と行動変容データ、制度をつなぐ場が重要になります。

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