ニュースイッチ

リケジョの卵、決め手は周囲の大人たち

連載・理系女性のキャリア-文系女性、理系男性との違い #05

人材育成の議論はしばしば、「子供のうちに変えないと、△歳になってからでは遅い」と年代をさかのぼります。理系女性も同様で、「進路を考え始める中学生や高校生の“リケジョの卵”時代を大切にしよう」「親や中高の先生など、周囲の大人の理解が重要だ」といった声を耳にします。連載最終回はもっとも対象の広い、初等中等教育の理系女子について取り上げます。

理系への進学志望率は、女子より男子の方がずっと高いはず。一般的にはそういう印象を持ちますよね。ところが都市部で学力の高い中高一貫女子校では、生徒のうち理系を選択する率が5-7割など、決して低くありません。これは多くの人にとって意外なことではないでしょうか。以前、女子中高の理科担当の女性教諭に話を聞くチャンスがあり、その理由を知りました。

小学校高学年から中学生にかけて、男女の脳の発達段階には違いがみられます。大人になると違いはなくなるのですが、男子は抽象化の概念が、女子は言語関係の能力が早く発達します。例えば数学で「比と割合」を学ぶ時期、男子は理解が高まる分野なので成績もよいのですが、女子はつまずきやすくなると言われます。「やっぱり理数系は女子に向かないのだな」と周囲の大人は考えて、そのように接しがちだそうです。けれども女子校なら、女子の特性を理解した上で適切に指導し、その壁を越えられるというのです。具体的には、数学のクラスは通常の半分の人数の編成で、丁寧に指導します。立体図形の学びでは、断面図を想像することが女子は苦手のため、実際に紙の模型を使って理解を促す工夫をします。

おもしろいのは指導におけるコミュニケーション手法です。男子が質問をしにくる理由は、単純にその解き方を教えて欲しいからのため、あっさりとしたやりとりで大丈夫。ところが女子が質問にくる時は、解法をただ示すのではなく、わからなくて悩んでいる気持ちを理解して共感するコミュニケーションが有効だというのです。「いい質問だね」「ここまではわかったんだ」「これについてはどう思う?」「こうしたらどうなるかな」など、ヒントを出しながら会話のキャッチボールをします。男子より女子は不安感が強いため、ダメだしはせず、励ましながら教え導く――。こんな具合だそうです。

もちろん、男子と同じ指導法で伸びる子もいます。ですが、そうでない子にしてみれば、自分の不安な思いに寄り添ってもらって成績が上がることで、「私も理系に進学しようかな」という考えに変わるかもしれません。「もしも共学で男女とも違いのない指導だったら、理系に行かなかったと思われる生徒が、それなりの割合でいる」とその教諭は振り返ります。

この話はとても印象深いものでした。というのは、一般には「その子が好きと思うことが一番」という形の後押しをよしとする傾向が強いためです。「自分の意思と反することを“させられた”」という思いでは、その道が失敗した時に人のせいにして後ろ向きになりますので、好きなことを重視するのは正解でしょう。とはいえ、例えば「音楽が大好き。クラスでいつも一番。だから歌手になる」という思いだけで、人生を形作ることはなかなかできませんよね?子供を含め多くの人が憧れる職業は、それだけに人材の需要と供給のバランスが悪く、キャリア形成が難しいものだからです。

となると、「子供のうちは好きを大事にしつつ、選択肢を広く残しておく」「成長段階に伴って、本人の判断で決めたり方向転換を図ったりできる環境を整える」ことが重要ではないでしょうか。女子校教諭の話は、数学を苦手から好きに変える指導法によって、別の進路を開くという裏付けになったのです。

振り返ると私自身もそうした道を歩んできました。幼い頃から成績がよいのは国語で、算数や理科はそれほどではありませんでした。中学時代に、酸素と水素から水ができる分子模型に感激して、化学への憧れが芽生え、数学と物理はヒイヒイいいながら取り組みました。大学院修士課程で志望を理工系研究者から変更し、日刊工業新聞社の記者へ。科学技術の取材で出てくる数式もまあ、なんとなく理解できます。社会人で博士号取得ができたのも、軸足を理系に置いた文理融合研究だったからです。さらに文系記者の多い大学改革へと取材テーマは変化していきました。理系女性のキャリア形成について書籍『理系女性の人生設計ガイド』(講談社)や、この連載を通じて情報発信もできるようになりました。理系の進路は、文系より思案するキャリアの幅が広くなることを、改めて実感しています。

一般に女子は男子より、相手の感情のシグナルをキャッチしやすく、親や教師の指導通りのいい子になりやすい面があると言われます。男子はスポーツゲームなど仲間と競争したり、大人へ反発したりする傾向があるのとは対照的です。周囲が「女の子は理系より文系が好ましい」「理数系の成績がよいなら、将来は医学部へ」と表明すれば、女子はそれに応えようと無理をしがちです。ですから、家庭や学校における教育方針では、進路が狭まらないような多少の緩さを持たせる方が、よいのではないしょうか。

周囲に理系の大人が少ない場合には、大学や企業、メディアなどの役割がより重要になります。リケジョの卵を応援し、理系女性キャリアを後押しすることは、社会全体の役割となってきているのです。(おわり)

連載・理系女性のキャリア-文系女性、理系男性との違い

#01 理系女性に共通して潜むキャリア構築の落とし穴
 #02 大企業の上級職に理系女性はこんなにいる!
 #03 若手理系女性から中堅へ、苦しい時代が正念場
 #04 リケジョの歩みは多様性の理解とともに
 #05 リケジョの卵、決め手は周囲の大人たち

ニュースイッチオリジナル

編集部のおすすめ