西洋美術史に学べ!現代にも通じる「売る」ための戦略

<情報工場 「読学」のススメ#94>『ビジネス戦略から読む美術史』(西岡 文彦 著)

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アート業界に見る画期的「ビジネス戦略」

ビジネスモデルやマーケティングのイノベーションには「時代の波」に乗ったものが少なくない。例えば、ネットフリックスをはじめとする、インターネットの普及を前提とした革新は数知れないし、環境問題への関心を味方につけたテスラの例もある。

こうした「時代の波」に乗ったイノベーションは、今に始まったことではない。ビジネスの歴史の中で、社会の変化や世相に沿った、それまでにない戦略が登場することは、どの業界でもあった。アート(美術)も例外ではない。

アート作品を世に広め、ムーブメントを作りだしてきた、16~17世紀頃のオランダ、ルネサンス期のイタリアから、19世紀フランスまでの画家や画商の、時代を反映した「ビジネス戦略」にスポットを当てるのが、『ビジネス戦略から読む美術史』(新潮新書)だ。著者は多摩美術大学の西岡文彦教授。

例えば19世紀のフランスで活躍したピカソは、「写真の発明」によって絵画が滅びることを心配していた。だからこそ、(当時の)写真では表現しきれない画法を追求し続けたと考えられる。

また、17世紀オランダの画家フェルメールは『牛乳を注ぐ女』『真珠の耳飾りの少女』などの作品で知られるが、これら無名の家政婦や少女を主人公とする絵画が描かれたのは、宗教改革によって宗教絵画が禁止になったからだという。それまで宗教絵画を発注していた教会というスポンサーを失ったために、一般人にも受ける題材で描くという新しい「戦略」がとられるようになったのである。

ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』と現代の「テークアウト」の共通点

ルネサンス期に画家としても活動していたレオナルド・ダ・ヴィンチの名作といえば、『最後の晩餐』と『モナ・リザ』だろう。だが、この2作には決定的な違いがあると、西岡教授は指摘する。前者が修道院の壁に描かれた「不動産」であるのに対し、後者はキャンバスに描かれた「動産」だということだ。

『モナ・リザ』が描かれたルネサンス中期には、卵黄で溶いた絵の具で描くテンペラに代わり、油彩が急速に普及しつつあった。そして、その油彩に最適な下地材として「キャンバス」が登場する。それにより天井画や壁画のように「その場」に行かなければ見られなかった絵が「動産」化し、市場に流通するようになる。こうして美術がビジネスとして成立していったのである。

「その場」に行かなければ楽しめなかったものを、「この場」に取り寄せられるようにする戦略といえば、現代にも同様のケースがある。「テークアウト」や「お取り寄せ」だ。

コロナ禍の影響を受け、飲食店の客足が減った。その対策として、多くの店がテークアウトやデリバリー、お取り寄せを始めたのは、周知の通りだ。さらに、実店舗を持たず、デリバリーに特化した「ゴーストレストラン」も増加傾向にある。今はまだ、テークアウトなどは店内の飲食のサブでしかないが、ルネサンス期にキャンバス画が主流になったように、飲食業界でも主流がシフトする日が来ないとは言い切れない気がする。

印象派を「超高額」にした19世紀の画商によるマーケティング戦略

マネやドガ、モネ、ルノワールといった19世紀後半の「印象派」の画家たちの作品群は、今では「超」がつく高額で取引される。しかし、彼らが印象派絵画を描き始めた当初は、タダ同然の値段でも買い手がつかなかったという。「写実」に価値を置くアート界隈にその前衛性が理解されず、「猿の落書き」とまで酷評され、ゴミ扱いされていたそうだ。

そんな状況を一変させたのが、パリの画商、ポール・デュラン=リュエルの卓抜したビジネス戦略である。

デュラン=リュエルは、印象派の絵画を「金ピカ額縁」に入れ、「猫足家具」と呼ばれる脚がS字型の優雅な家具とコーディネートして売り出した。いずれもルイ15世時代の宮廷様式を代表するデザインだ。つまり、フランス革命後に登場したもっとも前衛的な絵を、革命で打倒されたルイ王朝を代表するデザインと組み合わせたのだ。

この組み合わせは当時としては「悪趣味」でミスマッチこの上ないものだったが、西岡教授によれば、これによって印象派の新奇性が緩和されたと考えられる。

さらにデュラン=リュエルは、印象派絵画をあたかも由緒ある古典的名品であるかのように演出し、彼の私邸に設えたサロンにやってくる顧客を、セレブのようにもてなした。こうした手法を、真の貴族趣味を知る従来の上級顧客は批判したが、彼のターゲットは、革命後に台頭した新興富裕市民だった。「演出」によって、本物の貴族趣味を知らない新たな顧客に、セレブの気分を味わわせたのである。こうした「顧客の変更」が功を奏し、現代では印象派絵画が名作として高額取引されるようになった。

このような「顧客の変更」を、現代の成功したビジネスにも見ることができる。作業服専門店「ワークマン」の事例だ。同社は、作業服と一緒に販売していた一般向けアイテムを「アウトドアウエア」とし、「ワークマンプラス」の名前で展開する店舗で販売、売り上げを倍増させた。

従来のワークマンの店舗は路面店が中心だったが、ワークマンプラスは主にショッピングセンター内に出店。従来店舗とは異なる照明やコーディネートの展示を行い、「おしゃれ」な演出をした。顧客を、従来のメインだった中高年男性から、女性や若年層に転換したからだ。この「顧客の変更」が成功した。

コロナ禍の影響、DXなどによって、ビジネス環境は大きく変化しつつある。そんな中でも、中世からの美術史の中で実践された、普遍的なビジネス戦略は十分に「使える」。本書から、ジャンルを超えた「知恵」と発想のヒントを学びとってほしい。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

『ビジネス戦略から読む美術史』
西岡 文彦 著
新潮社(新潮新書)
222p 836円(税込)

情報工場 「読学」のススメ

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吉川清史
情報工場
チーフエディター

「ミスマッチ」な演出によるマーケティング戦略といえば、1960年代における「ビートルズ」の売り出しも該当するのではないか。港町の不良少年で、革ジャンにリーゼント姿だった4人に、マネジャーのブライアン・エプスタインは、フォーマルな襟なしジャケットを着せ、髪型をおしゃれで中性的なマッシュルームカットにして売り出した。それによって、4人の表面上の尖った部分を和らげて一般に受け入れやすくした上で、本質的な才能を開花させた。印象派絵画が猫足家具・金ピカ額縁との組み合わせで価値を高めたように、ビートルズの人気は、4人の本来の魅力と、作られたビジュアルイメージの化学反応によるものだったのかもしれない。

キーワード
西洋美術史

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