社会をスムーズにするカギは「ゆとり」?今だからこそ生きる「渋滞学」の視点

連載・先駆者に聞く #02「渋滞学」 東京大学先端科学技術研究センター教授・西成活裕

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人やモノの流れが滞ることで起こる渋滞現象。そのメカニズムの解明に挑み、新しい研究領域として「渋滞学」を発展させたのが、東京大学先端科学技術研究センターの西成活裕教授だ。近ごろは人流抑制や物流効率化など、社会のさまざまな「流れ」をいかに制御するか、頻繁に議論されている。先駆者はこうした課題解決の糸口をどう探っているのか。西成教授に渋滞研究の軌跡や、社会生活でどんな応用ができるのか聞いた。(聞き手・大川諒介)

連載・先駆者に聞く:新たな学問や文化の領域を切り開く先駆者たち。彼らはなぜその分野を開拓してきたのか。6人の先駆者の声に耳を傾けた。

―「渋滞学」を新しい学問として提唱されています。どんな特徴がありますか。
 人や車のような「自らの意志で動くもの」を研究対象にしていることが特徴です。それらが混雑した時にどう動くのか、数学・物理学をベースに、モデル化やシミュレーション、データ解析といった手法を用いて分析しています。ただ、多くの車の運転者は「数キロメートル先が渋滞している」という情報を得たら、複数のルートを裏読みしながら進路を決めます。こうした心理の部分を含めて渋滞現象を解明することに、研究の意義があります。これまで、交通のほか、人の誘導や、アリの行列、細胞内輸送などさまざまなモノの流れと「詰まり」を見てきました。

―車の渋滞を見ていくうえで「車間距離」に着目しています。
 高速道路で最も渋滞が起きる地点は、緩やかな上り坂とサグ部(下り坂から上り坂にさしかかる部分)です。運転手は走行時にこれらを平坦な道路だと思い込み、気づかないうちに車は速度を落とします。すると、後続車との距離が縮まり、後続車の運転手が慌ててブレーキを踏み、その後ろの車がブレーキを踏みます。そして、さらに後ろの車と、十数台がブレーキを連鎖することで、自然渋滞が発生します。

東名高速道路の走行車を分析した結果、1キロメートル当たりの車両密度が25台を超えると、交通量(時間あたりの通過台数)が低下することが分かりました。つまり、車間距離が40メートル以下に詰まると、車の流れは停滞します。渋滞を防ぐためには、運転手が車間距離を意識することは大事です。初期の渋滞は、車間距離を保ちながらゆっくり入り、渋滞を出る時は素早く抜ける「スローイン・ファストアウト」の運転で解消につながると考えています。

車の渋滞が起きるメカニズムを解明し、解消策を提唱している

―そもそも、渋滞現象に着目されたきっかけは。
 30年ほど前まで水や空気などの流体力学の研究していたのですが、当時「セルオートマトン」という数学の新しいモデル化手法をみたとき、車や人の流れの分析に使えると閃(ひらめ)きました。また、「バスの混雑、高速道路の流れは、遠くから見ると水の流れに見える」という寺田寅彦氏(戦前の物理学者)の随筆の影響もあったと思います。私自身、渋滞や混雑が嫌いで、何とかしたいと思っていることも原動力になっています。

―本当に多様な分野の渋滞研究に取り組まれてきました。
 研究を始めた当初から、渋滞は人や車のほかにも「流れのあるもの」全てに起こり得るのではないかと考えていました。在外研究先である独ケルン大で、学生と縁があり、アリを観察する機会を得ました。そこでは、アリの隊列は密度が高まっても、前者との間隔を一定に保つことで、渋滞を回避していることを突き止めました。互いの適度な間隔(ゆとり)が滞留を防ぐという、渋滞回避において最も大切なことを、アリから学びました。

アリは間隔を一定に保つことで渋滞を回避する(イメージ)

数年前には、生命科学分野の専門家と共同研究を行いました。セルロースの分解反応をシミュレーションし、分解を促す酵素(セルラーゼ)は分子の大きさを変えると酵素間の『渋滞』が解消して、動きが速まることを突き止めました。さらに研究が進めばバイオエタノールの原料を効率的に生成でき、社会貢献につながることが期待されます。

コロナ下は「予測不能」

―新型コロナ禍や東京オリンピック・パラリンピックの影響で、交通規制や人流抑制に関する施策が行われてきました。世の中への影響をどうみていますか。
 施設の人流抑制に加え、取り扱い量の増加に対応するため物流関係の分析依頼が増えています。最近は、人工知能(AI)やカメラ、センサーなど技術の高度化により、より広範囲かつ正確な動態データが得られるようになり、こうした分析に活用しています。

ただ、当初は東京五輪を見据えて、街や道路の混雑予測などを行い、企業や自治体と対応策を協議していましたが、新型コロナ禍で多くの前提が崩れました。さらに、大会が無観客開催になったこともあり、会場周辺の交通規制や、首都高速道路のロードプライシングなど、一連の試みが人やモノの流れにどんな影響を与えるのか、全く推測できませんでした。

―後に分析して、初めて実態が明らかになるということでしょうか。
 前提条件が崩れた時に、人がどういう情報に振り回されて、どういった行動をするのか、後から分析すると見えてきます。この時期のデータが、さまざまな研究者に行き渡って分析できるようになれば、面白いことが分かるかもしれません。

取材はオンラインで実施した

ビジネスでも「ゆとり」が効率に影響

―「渋滞学」で得た知見は、仕事やビジネスにも応用できるとしています。
 渋滞を起こさないために最も大切なのが、適切な『ゆとり』を確保することですが、人間も同じだと感じています。効率良く働くためには、タスクを詰め込み過ぎず、適度なセルフチェックや自己投資の時間を確保することが必要です。

また、工場も常にフル稼働ではなく、平常時の稼働率を7割ほどに下げて、適度な「ゆとり」を確保する現場の方が、3-5年の長期でみると生産性が高いことが分かってきました。「ゆとり」を確保する工場は、メンテナンスを計画的に行え、生産計画のブレが少ない傾向にあります。また、突発的な需要やトラブルの発生時でも、約3割の空き設備を動かすことで、柔軟に対応できます。

―時間的なゆとりの確保は簡単でなく、工夫が必要に思えます。
 ゆとりを確保するための第一歩としては、「待ち時間」を削ることが有効です。待ち時間はなにも生まない「無駄な時間」です。1日に何のために何分待ったか詳細に記録し、それは適切かどうか考えるだけでも、多くの改善点が見つかるのではないでしょうか。

【略歴】にしなり・かつひろ 1995年東大院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。同年山形大工学部助手、97年助教授、その後龍谷大などを経て、05年東大院工学系研究科准教授、09年東大教授。多くの有識者委員も兼務。著書「渋滞学」など。東京都生まれ。54歳 

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