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不便だからこその益がある。効率化時代に目を向けるべき「不便益」の大切さと生かし方

連載・先駆者に聞く #01「不便益」 京都先端科学大学教授・川上浩司

人工知能(AI)やロボットの活用による効率化や自動化が求められる時代に、不便だからこそ得られる益を「不便益」と呼び、提唱する研究者がいる。京都先端科学大学工学部の川上浩司教授だ。「不便益はエンジニアが知っておくべき考え方であり、新しい商品やサービスを考える際の視点にもなる」と力を込める。川上教授に「不便益」の大切さやビジネスの現場での生かし方を聞いた。(聞き手・葭本隆太)

連載・先駆者に聞く:新たな学問や文化の領域を切り開く先駆者たち。彼らはなぜその分野を開拓してきたのか。6人の先駆者の声に耳を傾けた。

主体性や工夫の余地が生まれる

―「不便益」とは何ですか。
 「不便」によって得られる益です。具体的にはまず自分事になるという点が上げられます。物事が自動的に進まず、不便だからこそ自分で手間をかけられたり、工夫したりできる益です。ワンタッチ式(の機械など)で物事が進むと、工夫の余地は生まれません。(その手間をかける過程などで)思いがけないことに出会えるチャンスも生まれます。一般則では(このほか、「対象が理解できる」や「安心・信頼できる」などを含めて)8種類(下表)に分類できます。

―不便益のある具体的な事例を教えてください。
 「バリアアリー」という考えで意図的に階段や長い廊下などのバリアーを取り入れた介護施設は、印象的な事例の一つです。高齢者にとってバリアーは不便ですが、それを失くすと足腰が衰えて歩けなくなるという便利による害「便利害」が発生します。それを防ぐためにあえてバリアーを設えています。(身体能力を回復させる)リハビリになるという益がありますし、高齢者の生活に(対する介護施設の過介護を開放して)主体性を持たせられます。

1人や少数の作業員が製品の組み立てから完成までを受け持つ「セル生産方式」も不便益の事例としてよく紹介します。単一の製品を大量に製造するには(各作業員がベルトコンベアを流れてくる部品を待ち受けて同じ作業を繰り返す)「ライン生産方式」が便利です。一方、セル生産方式は、多品種少量生産に柔軟に対応するために導入された方式で、作業員が受け持つ作業は、広範囲にわたり高いスキルが求められるため不便です。しかし、個々の作業員は軽自動車を組み立てられるくらいのスキルを持ち、作業員がそれを認識することでモチベーションが上がり、さらなるスキルの向上にもつながりという益があります。

―今はAIやロボットの活用による効率化や自動化が求められている時代かと思いますが、その中で不便益を研究したり、発信したりする意義はどこにあるのでしょうか。
 私はエンジニアというモノを作る立場ですが、不便益はそうした立場の人間が知っておかなくてはいけない考え方です。これまで工学は人の手間を省いたり、人の代わりになったりするものを作ってきました。しかし、それは本当に正しいのか考えるべき時代が来ています。人が何もしなくなる世界は本当に楽しいでしょうか。不便だからこそ、主体性や工夫の余地が生まれる大切さを理解すべきです。不便には益があるという視点で物事を見ると、人とモノの本来あるべき関係が考えられます。(発信することで)それを世界中の人に知って欲しいです。

―不便益は人に何かを体験させる手段とも捉えられます。商品やサービスにおいて「体験価値」が重要視される中で、不便益は新たな商品やサービスを考える手段としても使えそうです。
 不便益は、UX(ユーザー・エクスペリエンス)デザインと同じ方向を向いていると言われたことがあります。昔の商品やサービスは、何もしなくて済むようなデザインが追求されました。一方、不便益はあえて体験させる方向でデザインする一つの視点になります。例えば、ボタン一つでご飯が炊ける炊飯器がある中で、ご飯炊き用の土鍋が売れていると聞きます。手間をかけさせてくれ、それをすればとても美味しく炊ける装置が注目されていますよね。

新しい企画を考えるときには、ぱっと見ると不便と思う要素を俯瞰して、不便だからこその益があるというところまで考えをめぐらせるとよいと思います。

―不便益を持つ商品やサービスのアイデアを考える上でよい方法はありますか。
 一つは便利だけど、それによる便利害を見つけてあえて不便にする方法です。介護施設のバリアアリーの考えはこの方法に当てはまります。もう一つは、便利なモノをあえて不便にしてみて、そこに益が生まれるかを検証する方法です。企業向けのデザインワークなどで紹介していますが、楽しいのでオススメです。

―先生が代表を務める不便益システム研究所が京都大学グッズとして開発し、人気商品になった素数にしか目盛りがない「素数ものさし」もそうした手法で生み出したのですか。
 今ある便利なものを無理矢理、不便にする方法ですね。目盛りのある物差しは便利だし、害はないです。とても良い状態ですが、それを無理矢理不便にして新しい価値を探しました。(学生とのデザインワークを通して開発したのですが、)素数の部分にだけ目盛りを付けるというアイデアが出たときには、なんだか面白く不便益がありそうだとみなが直感しました。

素数ものさし

不便益の効果を可視化する

―そもそもなぜ「不便益」の研究を始めたのですか。
 師匠(である片井修・元京都大学大学院情報学研究科教授)がものの見方の一つとして(「不便益」という言葉を)使い出したのを聞き、工学の分野で使うために私が新しい物事をデザインする指針にねじ曲げたのが始まりです。(京大の助教授だった)1998年頃でした。

―当時はAIの研究をされていたと伺いますが、不便益の考え方をすぐに受け入れられたのですか。
 最初は「なにを言っているのだろうか」と思いました。しばらくスルーしていましたね(笑)。ただ、何度もそんな話を聞くうちに、その考え方を工学の世界に落とし込むと、面白くて新しい研究ができるのではと思いました。それから研究を続けていくうちに不便益に惹かれていきました。

取材はオンラインで実施した

―不便益はその効果を定量的に説明するのが難しいように感じます。不便益の価値を広く一般に伝える上でそれをネックに感じることはありますか。
 研究テーマとしてはしんどい部分ですね。ただ、なんちゃっての方法ですが、定量化する術はあります。例えば、100人にアンケートをして、(不便益があるものとないもののどちらか)良い方を選んでもらってその比率で示すとか。また、最先端の技術を使えば、定量化できるかもしれません。

-どういうことですか。
 実施協力がもらえるかわからないのですが、(京都市西部にある寺院の)西芳寺(苔寺)さんにお願いしたいと目論んでいることがあります。苔寺の参拝は事前予約が必要で、予約サイトを運営しているのですが、それを利用できるのは1週間以内に参拝する人だけで、あくまでメーンの予約受付は往復はがきで対応しています。あきらかに不便ですよね。なぜそうした受付体制なのかを聞くと、サイトより往復はがきで予約した参拝者の方が心の入り方が濃いというのです。手間をかけて申し込むからこそ、参拝に心を込められる不便益があるというわけです。そこで、参拝時に行う写経についてディープラーニング技術を活用して分類できないかと考えています。ネット予約の人と往復はがきの人で100%分類できたら不便益を定量的に示せます。

―研究を始めた頃と現在で、不便益に対する世の中の認識に変化を感じますか。
 不便益に対する理解は大分広がったと思います。それに「今まで感じていたことに名前を付けてくれた」と言われることが増えました。多くの人が(不便によって生まれる主体性などの大切さについて)認識はあったけれど、言葉にできなかっただけなのだと感じています。今後はさらに不便益という考え方を誰もが知っている世の中にしたいと思います。

【略歴】かわかみ・ひろし 1989年京大院工学研究科修士課程修了。同年岡山大工学部助手、98年京大情報学研究科助教授、07年准教授,14年同大デザイン学リーディング大学院特定教授、京都先端科学大学教授。著書に「不便から生まれるデザイン」「不便益のススメ~新しいデザインを求めて」など。島根県生まれ。56歳
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
不便益の効果は感覚的にはとても理解できますし、とても共感するのですが、学問として提唱していく上では、その効果の説明が難しそうだなと思っていました。そのため、構想中の苔寺でプロジェクトはとても興味深く感じました。AIやロボットなど先端のテクノロジーが発展してきたからこそ、見落としてしまいそうな「不便益」を、先端のテクノロジーを使って証明しようという試みにワクワクします。

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