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脳活動の全体像把握、機械学習は強力なツールになり得る

情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)では、ICT技術を用いて脳とコンピューターの間に情報通信路を確立し、使用者の運動意図を推定したり、コミュニケーション実現を図るブレイン・マシンインターフェース(BMI)の研究を進めている。私は脳や頭皮の表面に現れる微小な電位変動パターンに着目し、それらを効果的に検出・記録するためのデバイスと、そこから運動やコミュニケーションに関連する情報を抽出するデコーダ開発に取り組んでいる。電位変動は脳・神経系の活動に対して即時的に生じるため、実用的なBMIを実現する上で有利な情報源と考えられる。

しかし、複雑な神経ネットワークによって構成される脳の機能は多様であり、電極によって観測できるものはごく一部に限定される。ある領域に多数の電極を密に配すれば局所的には詳細な情報を得られるものの、脳活動の全体像を把握することは困難となる。

すなわち「木を見て森を見ない」状態である。一方、脳に人工物を付加することの影響や情報伝送路の容量を考慮すれば、やみくもに電極数を増やすことも難しい。限られた電極によって脳の広い範囲をカバーすれば、局所的な電極密度は疎とならざるを得ない。

このジレンマの解決には、機械学習が強力なツールとなり得る。例えば我々は、ガウス過程に基づく確率的モデリングを用い、脳の解剖学的な構造や機能的なまとまりを事前知識として、限られた数の電極から観測できない脳部位を含めた電位分布の推定を行っている。運動やコミュニケーションの背景にある意図を一つの決定値に絞り込むのではなく、ある程度のバラつきを許容する確率変数と捉えることによって、それに関連する脳活動を統合的に記述できる。森に関する知識があれば、一部の木を見るだけでも周囲の様子をある程度は推測できるように、我々は「木(局所的な神経活動)を見て森(脳活動の全体像)を知る」ことを目標としている。

限られた数の電極からの電位分布推定イメージ。脳の解剖学的な構造や機能的なまとまりを事前知識として与えたモデルにより、直接観測されていない関心領域の電位分布を推定する
未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター・脳情報通信融合研究室 研究員 深山理
2008年東京大学大学院情報理工学系研究科(博士課程)修了。同研究科特任研究員、助教を経て20年より現職。ブレイン・マシンインターフェース(BMI)、生体信号処理などの研究に従事。博士(情報理工学)。
日刊工業新聞2021年6月1日

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