「社員は会社の命だ」。アサヒグループHD会長が経営者としての原体験と語る労組専従
強さと優しさ兼ね備えていく
「社員は会社の命だ」―。小路明善会長の経営者としての原体験は、入社5年目の1980年から10年間携わった労働組合の専従にある。当時、アサヒビールは「夕日ビール」とやゆされるほど業績が低迷。労組の主な仕事はリストラだった。
「自分より年上の社員に早期退職や配置転換を告げたり、退職する社員から『去るも地獄、残るも地獄』と言われたりする仕事は本当に辛かった。労組では“社員あっての会社であり、社員を大切にしなければいけない”ということを学んだ」
辛い職務の中で光明を見いだしたいという思いからむさぼるように本を読み、出会ったのが米国のハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の有名な一説「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きる価値がない」。
この言葉から「ビジネススキルがあっても、強さと優しさを常に兼ね備えていくことが大切で、人に心から寄り添えなければ存在価値が薄くなる」と痛感した。企業としても通じると考え、社員や消費者などステークホルダーに寄り添えなければ、存在意義を失うという危機感を心にとめて経営をしてきた。
最も影響を受けた先輩である前会長の泉谷直木顧問は労組で苦労を共にした浅からぬ付き合いだ。労組時代、泉谷顧問になぜ文章を早く書けるのか聞いたことがある。答えは一言、「努力しているから」。端的かつ明瞭な回答が、その後の仕事のやり方を変えるきっかけになった。
この言葉に基づき、自ら「仕事の成果=能力×努力+外的要因」という方程式を作り、実践した。成果を出し続けた仕事観には、信頼する先輩から得た言葉に裏打ちされた理論がある。そして、努力の具体的な手法として『率先垂範』という言葉を度々社員に伝えている。
「見逃し三振はダメ、空振り三振をしようと言っている。なんでも率先垂範して行動を起こしてみないと自分のモノにならないし、事業は前に進まない。もちろんチャレンジすれば失敗もある。失敗しても構わない」
「期待値の商品やサービスではダメ。付加価値を作って売る会社にならなければ勝てない」という厳しい競争環境にあるビール業界。アサヒが沈みかけた時代を体感したからこそ生まれた、厳しくも優しい経営者としての姿がそこにある。(高屋優理)
*取材はオンラインで実施。写真は2020年12月に撮影したものを使用
【略歴】
こうじ・あきよし 75年(昭50)青山学院大法卒、同年アサヒビール入社。03年アサヒ飲料常務、06年専務。07年アサヒビール常務、11年アサヒグループホールディングス取締役兼アサヒビール社長、21年会長。長野県出身、69歳。